『ハーモニー』
まがいものの天国で、さまよう魂の物語――。
アメリカで発生した暴動をきっかけに世界を戦争と未知のウィルスのるつぼに叩き込んだ「大災禍(ザ・メイルストロム)」。
政府は弱体化し、やがて、人間こそ最重要の公共リソースであると位置づける高度発達医療社会が立ち上がった。
<生府>の成立である。
<生府>により、人々は「健康」と「優しさ」を尊ぶ“生命主義”の名の下に、美しく管理されることになった。
人々は、WatchMe(恒常的体内監視システム)を体に埋め込み、あらゆるリスクは遠ざけられた。
人々は自らを優しい牢獄へと閉じ込めたのである。
霧慧トァンは<生府>の番人であるWHOの螺旋監察官。
紛争地域の停戦監視などが仕事だ。
だが彼女は、“生命主義”への違和感をぬぐうことができず、WatchMeの裏をかいて、禁止された酒や煙草を嗜んでいた。
かつて彼女には友達がいた。
御冷ミァハ。
成績優秀でありながら、<生府>の管理を憎悪する少女。
個人用医療薬精製システム<メディケア>を騙せば世界を転覆させることだってできるとうそぶく歪んだ天真爛漫さ。
トァンと零下堂キアンはミァハに心酔していた。
「私たちは大人にならないって、一緒に宣言するの」ミァハの導くままに死を試みる2人。
そしてミァハだけが死に、トァンとキアンだけがこの牢獄に取り残された。
13年が経ち、WHOから母国での謹慎処分を言い渡されたトァンは、善良な市民として暮らすキアンと再会。
事件以来、対照的な生き方をしてきたふたり。
ミァハ不在の食事は、殊更に彼女の存在を際立たせるものだった。
再会の最中、ある犯行グループによって同時に数千人規模の命を奪う事件が発生。
キアンもその犠牲となるが、死に際にある言葉を遺した…。
犯行声明として発せられた彼らの「宣言」により、世界は「大災禍」以来の恐怖へと叩き落される。
それは、平和に慣れすぎた世界に対しての警告であり、死んだはずのミァハの思想そのものだった。
トァンはミァハの息遣いを感じながら、事件の真相を求めて立ち上がる。