『宇宙兄弟』
もし諦めきれんなら、そんなん夢じゃねぇ
幼い日。
宇宙飛行士になると星空に約束を交わした兄弟、六太と日々人。
そして、2025年。
弟・日々人は、夢を追い、宇宙飛行士となっていた。
日本人初となる、月でのミッションクルーに選ばれた日々人は世界中から注目を浴びる。
一方、日本の自動車メーカーに勤める兄・六太は、上司とのケンカで頭突き、見事にクビとなり実家に強制送還…。
そこへ、六太に日々人から一通のメールが届く。
「二人で宇宙へ行く」心の奥から呼び覚まされた幼い日の約束に突き動かされるように、六太は再び宇宙を目指す。
星の数ほどのライバルと厳しい試験のその先に―待っとけ、宇宙!
宇宙飛行士となった弟、無職の兄。
約束をかなえた弟、約束を思い出す兄。
約束の宙(そら)を目指す、宇宙兄弟の物語が始まる。
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第99話 人生可変、約束不変
『兄とは常に、弟の先へ行っていなければならない』子どもの頃から、兄・六太はずっとそう思っていた。だが、何かにつけて先へ行っていた、弟・日々人。しかし今は、自分が日々人の先に行っているのか、後ろにいるのか、なにもわからない。それは、日々人が何も言わず、六太の前から姿を消したからだった。日々人が心配で、訓練にも集中できない日が続く六太。そんな様子を見かねた新田が、珍しく六太を飯に誘った。ピザを食べながら、新田は自分の弟・カズヤの話を始める。以前引きこもりだったカズヤは、今は外にも出られるようになり、バイトにも行くようになったらしい。さらに、ずっとやりたがっていた、宇宙関連の会社の入社試験を受け、筆記試験を通って面接まで行ったとのこと。だが結果は、不合格だった――。『過去に何もせず引きこもりの経験がある人間は、大事な時にまた引きこもる可能性がある』その会社の上司数名から、そう判断されてしまったのだ。日々人の現状と重ね、カズヤを心配する六太。しかし、カズヤは英会話の勉強をはじめ、ヒューストンで仕事を探すことに決めたらしい。六太は願った、日々人もカズヤのように前に進んで欲しい――と。その帰り際、ようやく六太のもとに、日々人からメールが届いた。『久しぶりムッちゃん。しばらくずっと死んでたけど。なんとか最近生き返りつつあるよ』どうやら日々人は。今までアメリカのいたる所をブラブラと一人旅していたらしい。そして六太に、自分がNASAを去ることを明かす。『だけど心配はいらねーよムッちゃん。宇宙飛行士を辞めるつもりはねーから』後日――。NASAの室長バトラーは、JAXAの星加と話し合っていた。日々人が再び月に行けるように、星加が協力してくれていたのだ。「なんてことはない。アストロノートからコスモノートって呼び名に変わるだけだよ――って言ってましたよ。日々人君は」日々人はNASAを離れ、ロシアで宇宙飛行士となり、再び月を目指すことにしたようだった。半年後――。六太はキャプコムとして、月へ向かうビンスを送り出していた。誰もがビンスたちの乗ったアレスワンを見上げている頃、六太の心は、日々人からあの日届いたメールの、最後の一文を思い出していた。『月面で会おう』六太には、いま日々人が何をしているのか、知ることはできない。だが、六太は信じていた。日々人も、必ずどこかで月へと近づいているはずだと――。
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第98話 最強の宇宙飛行士
日々人が突然姿を消してから、数日が経過していた――。近所の人たちや、親しいNASAの同僚も、誰一人、日々人の居場所を知る者はいなかった。日々人からの連絡は一切なく、その安否を心配した六太は、訓練にも身が入らないでいた。子どもの頃、日々人が突然いなくなった時のことを思い出す六太。その時に日々人を心配して捜したのは、六太だけだった。「今度また勝手にいなくなっても、もう探しに行かねーからな俺!」飄々として反省の色を見せない日々人に、怒った六太。その際日々人は、『次行くときは、メモを残すか、テレパシーを使う』と約束したのだった。だが今回も、メモもテレパシーも残されてはいなかった。日々人からの連絡を待つ六太に、バトラーから電話がある。ようやく六太は、日々人はもう宇宙飛行士として復帰できないことを知ることとなる。日々人の復帰を反対している、マネージャー・ゲイツの機嫌を損ねれば、今度は六太が、月へのチャンスを奪われかねないらしい。安否を心配し、日々人にメールを送る六太。『今のままじゃ、お前が生きてんのかどうかもわからん。何でもいいから返信よこせ』能天気な両親たちですら、さすがに心配していた。『生きてるか死んでるか、どっちか教えてくれ。……なんとか言えよ日々人……テレパシー使えんだろ。全然聴こえてこねーんだよ!』その翌日から――。六太は日々人が復帰できるよう嘆願書を作成し、署名を集めていた。同僚や仲間たちは、快く署名してくれ、みんな日々人の復帰を願ってくれた。反対しているのは、NASA上部だけだった。『一人の人間が積み上げてきたものを何だと思ってる……! 俺の弟のことを何だと思ってる……!』日々人への理不尽な扱いに、六太は苛立ちを隠せないでいた。一方、室長室では――。バトラーが、日々人のことで直訴しにきた、六太の言葉を思い出していた。『その目で見たら、日々人は不運な弱者に見えますかね?』六太の目で見た日々人は真逆だという。月の事故では暗闇の谷底から仲間を救い出し、最善の判断で無事生還した日々人。その後のパニック障害も、もちまえの根性で克服して見せた日々人。六太の目には、日々人は他のどの宇宙飛行士よりも本当の恐怖を知っていて、それを乗り越えた最強の宇宙飛行士だった。その言葉に、バトラーは心底同意していた。だが今は、なすすべがないのだ。だがそこに、JAXA職員・星加から電話があって――……?
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第97話 消えないんだ
ヒューストンで初めての正月を迎えた南波一家。南波・母は初笑いのためにお気に入りのDVDまで持参し、家族4人、そろって年越し『うどん』を食べていた。しかし日々人は、まだ次のミッションが決まらず、不安な毎日を過ごしている様子。室長・バトラーは最善を尽くしてくれているようだが、どうやら日々人の復帰に反対している人物がいるらしく、未だに訓練が少ないという。「なあ、ムッちゃん。もしかしたら……俺はもう月に行けないかも」日々人の思いがけない言葉に、衝撃を受ける六太。『復帰試験に合格したのだから大丈夫だ』と励ますが……。「俺も最初はそう思ってたんだよ。克服すれば万事解決、またすぐ宇宙に行けるって。だけど全くアサインされそーな気配がなくてさ。それで……なんとなく気付いたんだ」六太は、不安に押しつぶされそうになっている日々人の声に、緊張を隠せないでいた。「俺の中からパニック障害が消えても……まわりの頭ん中からは消えないんだ」努力して足掻いても、『南波日々人はパニックを起こした宇宙飛行士』という事実は、周囲の意識から消えないらしい。NASAの会議室では——。室長バトラーは、マネージャーであるゲイツを説得しようとしていた。このゲイツこそが、日々人を復帰させたくない人物なのだ。日々人が克服できたのはプールの中だけ、『月面で発作は起こらない』と断言できない以上、復帰させることはできないとゲイツ。「樽一杯のワインにスプーン一杯の汚水を注ぐと……それは樽一杯の汚水になる」さらにゲイツは、日々人を『毒』とまで表現した。「樽一杯のワインの中に、スプーン一杯の毒……『もう飲んでも大丈夫ですよ』と言われたところで……君なら飲むか? 飲めるワインは他にもあるんだ。バトラー」その問いに、バトラーは答えることが出来なかった。その結果、バトラーは日々人に、もう宇宙飛行士として、NASAでは復帰できないことを伝えた。「大丈夫ですよ。バトラーさん……こうなる予感はありました。俺はもう宇宙へ行けないって。そんな気はしてました」日々人はもう覚悟を決めていたようだった。日々人から『もう月へは行けないかもしれない』と聞いた、翌朝——。六太は、出まかせでもいいから日々人に一言、『なんとかなる』と言ってやろうと決めていた。だが、もう遅すぎた。日々人は姿を消しており、六太は何も伝えられずに、その機を逃してしまったのだ——。
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第96話 宇宙飛行士であり父であり
クリスマスが近づく頃、ケンジには家族が一人、増えようとしていた。妻・ユキに、第二児の出産が近づいていたのだ。そのため、父親として出来る事をしようと、妊婦であるユキの代わりに、娘・風佳を幼稚園に送るようになったケンジ。父親として奮闘する姿は、一見充実した日々にも見えたが——宇宙飛行士としてのケンジは、実は不安を抱えていた。それは、六太が月に行くことに決まったかわりに、ケンジが月に行ける可能性が消えたからだった。次のミッションが決まっていないという、ゴールの見えない不安。NEEMO訓練以降、ケンジはずっと、何を目指しているのか曖昧なまま、ひたすら言われた訓練を続けていた。そして、クリスマスの日——。テキサスロードハウスでは、宇宙飛行士やNASAの職員たちが集まって、パーティーが行われていた。カントリーダンスの音楽を奏でるバンドには日々人が加わっており、ステップを踏んでいる人々の中には、カウボーイハットをかぶったせりかや六太が、楽しげに踊っていた。ケンジも新田と一緒にパーティーには参加していたが、その表情は2人とも明るくはなかった。まだ2人には、この後にやるべき訓練と課題が残されていたのだ。そんな2人のもとに、バトラーがやってくる。『2人に話しがある、外の空気でも吸いながらどうだ?』バトラーに呼び出されたケンジと新田は、思いがけないクリスマスプレゼントを貰うこととなった。「君たちのミッションが正式に決定した」ケンジと新田は、人類初となる有人小惑星探査ミッションに挑むことになったのだ。『月よりさらに先に行ける』この朗報を伝えようと、さっそく妻・ユキに電話を入れるケンジ。電話口でユキも喜ぶが、その声が急に苦しそうな様子に変わった。どうやら、予定日より早く陣痛がきたらしいのだ。車を飛ばして病院に向うケンジ。しばらくして——赤ちゃんの泣き声が病室に響いた。生まれたのは、元気な女の子だった。産後直後にも関わらず、ミッションの事を聞きたいと言うユキに、資料を見せるケンジ。そこには、これから目指す小惑星の名称が書かれていた。小惑星の名称は「314225AN41」。偶然にも、以前風佳が希望した赤ちゃんの名前『あん』と、同じ名前を持つ小惑星。赤ちゃんの名前は『あん』に決まった。これからケンジは、小惑星を目指す宇宙飛行士であり、2人の娘の父として生きる。ケンジもまだ、生まれたばかりなのだ。
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第95話 俺らの将来
温和なリーダー・エディが合流したことで、ようやくまとまり出したCES−62のバックアップクルー。その夜、デザートラッツ訓練場の施設の前では、たき火が焚かれていた。たき火を囲むのは、エディ、ベティ、フィリップ、カルロ、アンディ、六太の6人全員。火を囲んで話すと、人は嘘を付けなくなるらしい。自分の事、家族の事を正直に話せば、互いに親睦が深まるというエディの考えだった。六太が日々人のPD(パニック障害)と復帰試験の事を話し終わると、次はベティの番となった。実は8歳のクリスという息子がいる彼女。出産と育児のために、宇宙飛行士を退いていた時期があり、まだ宇宙に行ったことがないという。そして彼女の夫は、宇宙飛行士の故タック・ラベルだった。タック・ラベルは、CES—43クルーとしてブライアンと一緒に月へ向かい、帰還時の事故で帰らぬ人となってしまった。事故直後、ベティはもう自分は宇宙飛行士には戻らないと思っていた。だが、それから三年ほど経った今、クリスがまた宇宙に興味を持ち始めたらしい。「ねえママ。月から見た地球ってどんなかな?」ベティはそれを嬉しく思い、父親の代わりにその問いに答えようとしているのだ。翌日、正規クルーと合同した六太たちは、デザートラッツでの最後の訓練を始めようとしていた。現場にはピコ・ノートンがおり、自らが開発の指揮をとった『新型の月面着陸船』について説明した。訓練後、ピコは幼馴染であるビンスと酒を酌み交わしながら、少年時代にリックとした『約束』を語った。「いつか、リックが管制官になり、宇宙飛行士になったビンスに指示を送る。そのビンスは俺の作った、宇宙船に乗る——」リックはもういないが、もうすぐ夢が叶うところまで来たというピコ。なぜなら、ピコが作った船でビンスが月へ行った時、管制室から着陸の誘導をするのは、キャプコム担当の宇宙飛行士、『リックによく似た、六太』なのだから——。
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第94話 ワクワクチームワーク
月への訓練のため、砂漠にあるラバフロー試験場でキャンプ生活をすることになった、六太たちCES—62のバックアップクルー。相変わらずまとまりがないメンバーは、朝のジョギングもバラバラで、食事も好き勝手に取っていた。仲が悪いというほどではないが、このままだとこのチームでミッションにアサインされることはないかもしれない。『このままではまずい』、さすがの六太もどうしたものかと思っていた。しかし、その不安はすぐ解消される。六人目のメンバー、ベテラン宇宙飛行士であるエディ・ジェイが到着したのだ。「リーダーつっても俺も月は初心者だ。君らと同じ。だから初めて月に立った時——その喜びも君らと同じだろう。ともに、月に立とう」六太にも一瞬でわかるほど、エディは『安心と興奮を同時に与えられるようなリーダー』だった。エディがリーダーとなってから、チームの雰囲気が変わっていった。まず食事は簡易食品ではなく、メンバーが交代で作るようになったのだ。しかし最初の当番はベティ。一週間分のコショウが入ったまずい料理だった。そしてさらに、エディは朝のジョギングも趣向を変えるという。その説明のため、前の晩からリハーサルを始めようとしていた。「キャンプのまわりをぐるぐる回るのをやめるんだ。もっとワクワクするやり方がある」まず6人全員が車に乗って、キャンプ地から数キロ離れたどこだかわからない場所で降ろされた。そこからジョギングを開始し、キャンプに向かって決められた時刻ちょうどに着くように走るというもの。到着は目標時間より早すぎても遅すぎてもダメ。時計を持っていいのはリーダーのエディだけなので、メンバーはエディにくっついていくしかなかった。始めて並んでジョギングする一同。「どしたぁみんなぁ。もっといつもみたいにバラバラに走ってもいいんだぜ?」これまでバラバラだったチームは、エディのおかげで、確実にまとまり始めていた。
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第93話 心の片隅に
六太がCES—62のバックアップクルーとして新しい訓練を始めた頃、NASAの会議室では、天文チームによるプレゼンテーションが行われていた。その内容は、『シャロンが考えた、新しい月面望遠鏡案』。天文学者・モリソンらの協力もあり、この新案は、これまでの問題点を全てクリアした素晴らしいものだった。前案を却下したNASAも、新案には賛同してくれ、実現を前向きに検討してくれることになった。シャロンは『天文学とこの企画に熱意を持ってくれる宇宙飛行士』に六太の名前をあげ、バトラー室長も六太の名前を心の片隅にとどめておくと約束した。会議後、バトラーは宇宙飛行士であるエディ・ジェイの部屋を訪ねていた。エディはブライアンの兄で、ISSに計700日滞在した宇宙飛行士の強者である。その彼に、『CES—62のバックアップクルーのリーダーになって月を目指して欲しい』と直談判しにきたのだ。だがエディは、なかなか了承してはくれない。ISSのことならどんな事でも知っているが、月は初めて行くので、一から訓練を始める気力はない、と断ったのだ。しかしバトラーは諦めず、エディに封筒を渡した。その中には、CES—51の事故の時、日々人が偶然月面で『宇宙飛行士の人形』を発見した際の写真が入っていた。「エディには月で本物を見てもらいたい。月面であんたを待ってるかのような——ブライアンの置きみやげだ」エディとブライアンは、兄弟で月面に立つという夢を抱いていた。そして子どもの頃買った2体の宇宙飛行士の人形を、一緒に月面に並べようと約束していたのだ。しかしエディは、前の室長の理解が得られず、ずっと月面の訓練を受けられないままでいた。その間にブライアンは事故で亡くなってしまい、約束は果たせていなかったのだ。半ば引退を考えていた矢先に、ブライアンの想いが詰まった写真を見せられたエディ。人生最後に『月を目指す』決意をしたのだった。
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第92話 孤独な彼ら
次に月へ行く日本人に選ばれた六太は、『控え』の経験を積むため、CES—62のバックアップクルーとしてデザートラッツ訓練を始めようとしていた。六太と同じバックアップクルーに選ばれたのは、NEEMO訓練で一緒だった、一際背の高い大男——アンディ・タイラー。大耳にピアスを付けたドレッドヘアの男——フィリップ・ルイス。黒のハットを被り、黒のジャケットを着込んだ優男——カルロ・グレコ。パーマのかかった黒髪を一つに纏めた女性——ベティ・レインの四人。六太と共にこれから厳しい訓練をこなしていく彼らは、そのまま一緒に宇宙へ行くメンバーでもあるらしい。まだ互いの事をよく知らぬまま、訓練教官である地質学者のジョージ・マグワイアから説明を受け、砂漠に作られた『アリゾナ州北部ブラックポイント・ラバーフロー試験場』に来た六太たち。初日の訓練は、ビートルの運転と、宇宙服を着ることだったが、訓練が開始されてもバックアップクルーのメンバーにはまとまりがない。それもそのはず、実は六太以外の四人は、宇宙飛行士たちの中では『はみ出し者』だったのだ。アンディは、無口と巨体が醸し出す異様な雰囲気のせいで怖がられ、ベティは、強い態度と物言いがまるで、バリアでも張っているかのようで近寄りがたい。カルロは、気取った言動に嫌気が差した周囲から疎ましがられ、フィリップは、ムダに陽気で騒がしいノリに、誰もついていけない。残念ながら、本心から彼らと共に宇宙へ行きたがる者はいないらしい。そんな『孤独ではあるが優秀な彼ら』を宇宙へ向かわせるため、バトラーが考え抜いた結果が、六太を投入することだった。これまでミラクルを起こし続けてきた六太の『可能性』にかけたのだ。そしてバックアップクルーには、あと一名追加される予定だった。頼れるリーダーさえいれば、チームはまとまるはずである。そんな一癖も二癖もある連中をまとめられる人物とは一体——誰?
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第91話 ヒビトの救い方
NBLのプールでは、日々人がPD(パニック障害)を克服したと証明する、復帰試験が行われていた。シャロンの励ましの言葉や、六太との約束、プリティ・ドッグの手鏡を支えに、最初は順調に水中での作業をこなし、船外服を着た状態でも平常を保っていた日々人。このまま合格か——と思われたが、ゲイツがわざと試験を中断に追い込むようなグリーンカード(極秘指令)を出したことにより、事態は一変する。『二酸化炭素の上昇』という警告表示に、月での遭難を思い出した日々人は、心拍数を上昇させてしまったのだ。このままでは試験中止もありえる——、誰もが不安を過らせたその時、プールサイドに現れたのは、かつて日々人と一緒に月面に降り立った仲間、バディとカレンだった。六太から事情を聞き、日々人の手助けをしようと駆けつけてくれたのだ。そしてさらに、日々人の頭上では、水中ゴンドラから降りてくる船外服を着た人物がいた。それは、月面で日々人が命を助けた、ダミアンだった。「船外活動は基本的にパートナーと、二人でやるもんだ」もっとも幸せだった時間を一緒に過ごした仲間の登場で、日々人の不安は完全に打ち消されていた。その後も試験は続行され、日々人はダミアンと共に、バディとカレンの指示で、的確に作業を進めることができた。日々人の心拍数は少し上昇したが、それは発作を予感させるものではなく、月にいた時と同様の、軽い興奮状態に安定していた。試験も終わりに差し掛かった頃、バックパックを背負った日々人は、ムーンジャンプと同じような姿勢で両手を広げ、高らかに水中をジャンプして、機材の上を跳び越えた。その姿を見た人々は、日々人がPDを克服し、完全に宇宙飛行士に戻ったことを確信した。結果、日々人は無事合格した。水中から上がり、船外服のメットを外した日々人は、大勢に囲まれて拍手を受ける。日々人のその表情は、月面に降り立った時のように、晴れやかだった。
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第90話 小っちゃいメモとでっかいお守り
六太が次に月へ行く日本人に決まり、ビンスの控えとして新しい訓練を始めた頃、日々人はPD(パニック障害)を克服できたか確かめるための、復帰試験を受けようとしていた。NASAの幹部たちが目を光らせる中、プールサイドで運命の時を待っていた日々人は、事前に六太から渡された『お守り』を見つめる。そのお守りとは、プリティ・ドッグの手鏡だった。手鏡は三面鏡になっており、肉球を押すとパカッと鏡が開く仕掛けになっていた。そしてそこには、六太からの小さなメッセージカードが入っていたのだ。『調べてみたところ、PDの発作対策として、自分を客観視するといいらしい』『客観視』という言葉に、日々人は子供の頃、六太と発見した出来事を思い出す。三面鏡で自分を見ると、誰かの目で見ているように感じられたのだ。この手鏡は、日々人にとってもってこいのお守りだった。ついに入水の時——。宇宙服を着た日々人は、管制官の指示でプールの中に沈んでいた。底に着いても発作はなく、出だしはうまくいったようだった。しかし、問題はこの後。日々人は試験中ずっと監視され、ダイバーたちに囲まれ、動きづらい宇宙服の閉塞感の中、薄暗い水中で作業をするのである。今の日々人は、いつ発作が起きてもおかしくない状況だった。そして、突然日々人の耳元で警報が鳴る。トラブルが起きたと思わせるグリーンカードで、日々人のヘルメットのディスプレイに、『二酸化炭素濃度が上昇中』と表示されたのだ。トラブルを見越していた日々人は、慌てず正しい処理をする。だが、なぜか警報が消えない。実はさらに、NASA幹部・ゲイツによって、スタッフにも知らされていない、極秘の危険演出が行われていたのだ。鳴りやまぬ警報の中、平静を保とうと、努めてなにもないよう振舞う日々人。『来んじゃねーぞ! PD野郎!』焦りの中でふと腕を見ると、その視線の先には、六太に貰ったお守り『PDの手鏡』があり——?
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第89話 最後の言葉
日々人から自分がPD(パニック障害)だと告白された翌日、六太は寝不足だった。家に帰ってからも気になってしまい、PDのことをネットで調べたり、あれこれ考えているうちに朝がきてしまったのだ。『日々人なら楽勝で試験に合格できるはず』そう信じつつも、六太は心配していた。新しい訓練が始まる日——。NEEMO訓練で高い評価を得て、次に月へ行く日本人に選ばれた六太は、先輩宇宙飛行士・ビンス(ビンセント・ボールド)と行動を共にしていた。実際に月へ行く前に、『控え』の経験を積むため、ビンスのバックアップクルーに任命されたのだ。これからビンスとは一蓮托生、二人三脚で宇宙を目指す。にも関わらず、寝不足でフラフラな六太にビンスが言及する。「ミスター、ナンバ。これから君は、私と同じマニュアル書を読み、同じ船室の空気を吸い、同じシートに座り、同じ訓練を受けるんです。私のリズムについて来られるようにして下さい。それが、私のバックアップクルーに選ばれた者のつとめです」その頃、ケンジと新田は——。六太が選ばれたことをバトラーから聞いた2人は、もう自分たちが『月へは行けない』と自覚していた。これまでの月の訓練はなんだったのか、六太が選ばれたことに不服はなかったが、今後自分たちがどうなっていくのか、不安になっていた。そんな矢先、2人に新たな訓練を始めるよう、辞令がでる。それは、無重力環境訓練施設で、船外無重量訓練をするというもの。その意味は、『ISSへ行くための訓練をしろ』ということだった。新たな希望を与えられたケンジと新田は、新しい道を進み始める。宇宙飛行士をやめない限り、宇宙へはきっと行けるのだ。日々人、復帰試験の日——。プールサイドから、NASAの幹部達、バトラー、ローリーやオリビアが見守る中、ついに試験が開始されようとしていた。日々人の顔は自信に満ちているが、果たして無事乗り切ることができるのか——?
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第88話 プリティ・ドッグ
バトラー室長に頼み、PD(パニック障害)を克服したと証明する、『復帰試験』を受けることになった日々人。だが、試験への気合は十分だったが、失敗したら二度と宇宙へは行くことができない。そのため、不安を感じていた。その不安を少しでも和らげようと、亡きブライアンの墓参りをする日々人。彼の生前、何かに悩んだ時に問いかけると必ず答えが返ってきた。日々人はその存在を今でも頼ってきたのだ。『NASAの上官たちの見てる前で、もし発作が出てしまったら——。あんたなら……どうするブライアン……』この日はブライアンの命日だったため、墓地には吾妻もきていた。悩み苦しんでいる日々人に、吾妻は一つアドバイスをする。『ヒビトも壁にぶち当たったときは、俺たちの兄貴に話しかければいい。それでもダメなら、本当の兄貴に話せばいい。お前にはいるだろ——もう一人の兄貴が』日々人の心の中にいるブライアンも、兄・六太に相談しろと言っているようだった。その夜、日々人は六太を呼び出し、いま自分がPDで、前線から外されていることを告白した。さらに日々人は、来週には復帰試験をするというのに、ここへ来る時、タクシーで見た悪夢が原因で、また発作が出てしまったことを話す。予想以上に深刻な相談を受けた六太だったが、弟・日々人の悩みを受け止めようとしていた。そして、今後また発作が出そうになったらこうつぶやけとアドバイスをする。『来たなこのPD野郎、プリティ・ドッグめ』そうすれば、いやでもプリティ・ドッグに似たアポの顔を思い出せるからだ。帰り際、六太は日々人に、『タクシーの中で発作が起きて安心した』と伝えた。それは、宇宙服を着ているかどうかは発作と関係ないということが証明されたからだった。憧れ続けた宇宙服が原因であるはずがない。宇宙服は六太たちの味方なのだ。日々人にとってPDの意味はパニック障害ではなく、プリティ・ドッグに変わっていた。
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第87話 自分の場所へ
PD(パニック障害)を克服するため、極秘でリハビリを続けていた日々人は、その夜、イヴァンに送って貰った『オリガの成長記録ボリューム・ツー』を観ていた。映像の中のオリガは11歳。上手くなったオリガのバレエに、日々人も喜びを感じていた。だが突然、映像の雰囲気が変わる。オリガは右足首を押さえ、苦痛の顔で床に蹲ってしまったのだ。その事故から5日目——。怪我で動けないオリガは、バレエ以外のことがしたいと、諦めモードになっていた。怪我はおそらく一ヶ月ほどで治る程度のものだったが、結局、11歳のオリガは、怪我以降一度も踊らなかった。オリガが12歳になった頃、宇宙へ飛び立っていたイヴァンは、バレエを諦めてしまった娘を想い、ISSからメッセージを伝えた。オリガに、本当に好きだったことは何か、やりたいことは何か、思い出して欲しかったのだ。その中継で、なんとイヴァンは、ISSの無重力空間でクルクルとピルエットの姿勢で回り始めた。「ほ~~うら! 見てるかぁ、オリガ?」その楽しげな父の様子に、オリガはバレエの楽しさを思い出す。そして、再びバレエを始めたのだ——。オリガの映像に励まされ、勇気をもらった日々人は、レベル10の訓練をやってのけた。残るは本物の船外宇宙服だが、勝手に持ち出すのは不可能だった。日々人は、PDを克服したことを直接見てもらうしかないと思い、バトラー室長に、宇宙飛行士に戻るための試験をやってもらう事を頼む。「宇宙飛行士に——戻る準備ができました」その後日、ブライアンの命日——。墓参りに来ていた日々人は、亡きブライアンに今の気持ちを相談していた。試験への気合は十分だが、失敗したら二度と宇宙へは行かせてもらえないため、不安になっていたのだ。「あんたなら……。どうする、ブライアン……」その時、後ろから声がした。「よう、お前もか、日々人」ハッと振り向いた日々人、その前に立っていたのは、吾妻で——?
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第86話 明日のために
NEEMO訓練の最中、シャロンから『月面望遠鏡計画が中止になった』と聞かされた六太は、今は実現不可能と気持ちを切り替え、自分が出した月面望遠鏡制作案を取り下げた。だが、そのかわりに出した六太の案『ソーラーミラーシステム』は、ケンジやバトラー室長、NASAの幹部たちまでも、驚かせることとなった。『ソーラーミラーシステム』とは、鏡の反射を使って、窓のない基地に太陽の光を取り入れる、照明装置である。宇宙飛行士は、月面生活のほとんどを基地の中で過ごす。そのため、月面でもし節電を余儀なくされた場合、窓のない月面基地では、部屋も気持ちも暗くなってしまう。そのことに気付いた六太は、『設備を追加するなら中を改善したい』と考えたのだ。NASAの幹部たちは、『自分が本当に月面にいるつもりでなければ思いつかないアイデア』を出したとして、六太を高く評価した。一方、PD(パニック障害)に苦しむ日々人は、安全スーパーバイザーとして危機管理運営会議に参加していた。しかしその会議内容は、宇宙飛行士の仕事とは関係ないものばかり。だが日々人は宇宙を諦めず、会議後もこっそりバックヤードにこもり、極秘のリハビリ訓練を続けていた。現在の訓練レベルは9。レベル10の本物の与圧服をクリアすれば、最後に船外活動用宇宙服を着ることとなる。その訓練が上手くいけば、日々人は完全復帰できるのだ。その夜——。日々人は、イヴァンから送られてきた『オリガの成長記録ボリュームツー』のDVDを観ようとしていた。映像にはバレエの練習している11歳のオリガが映っており、先生からも上手になったと褒められていた。その順調さを感じ、笑みをこぼす日々人。その傍らではアポも「へっへっへっ」と見ており、和やかな空気が漂っていた。しかし、映像の雰囲気が一変する。撮影していたイヴァンが、突然叫んだのだ。「オリガ! 大丈夫かオリガ!」オリガの身に何が——!?
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第85話 月面にいた
NEEMO訓練も9日目を迎え、ようやく六太たちが注文していた資材が届く。しかしその中に、六太には覚えのない『水の入ったボール』があった。それは、ケンジが六太を見習って、時間削減のために注文したもの。復活したケンジのやる気もあり、六太たちは最初の計画通り、大容量通信アンテナ、ローバーなどの充電ポスト、シャロンの月面望遠鏡の3つを制作することにする。やる気に満ちたケンジは、常に時間短縮、作業の効率化に結び付くアイデアを出し続ける。さらに呪文のように『スーパンダマン』言葉を発してはニヤけていた。それでも本当は、ケンジも六太と同じ気持ちだった。忘れたわけじゃない。思い出さないようにしているだけなのだ。どちらか一人だけが、月にいけるということを。ケンジと共に力を出し合った時こそ、いろんな事がうまくいく。どういう結果になっても、2人は最高のパートナーだ。しかしその夜、シャロンからとても辛い、悲しい報告が入る。月面望遠鏡を月で建設するという案は問題点を多数指摘され、NASAの協議の結果、不採用となってしまったというのだ。この報告を聞き、六太は電力不足で暗くなっているアクエリアス内で、さらに心をどんよりさせていた。それでも、余った時間を無駄にしないために、別の設備を考えようとするが——?NEEMO訓練も終盤にさしかかった頃——。六太のもとに、シャロンから連絡がくる。いまは仲間と協力し、新たな月面望遠鏡の建設案を考えている最中で、次こそNASAに認められるものを目指して、シャロンは諦めないという。『It's a piece of cake!』NEEMO訓練完了後——。NASAの会議室では、訓練成果を検討していた。中でも注目されていたのは、六太が訓練終了間際に出した新設備案だという。「ナンバ・ムッタは、この2週間、他の誰よりも月面にいた——」土壇場で出したにも関わらず、見事だと評価された、六太の新設備案とは——?
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第84話 スーパンダマン
訓練3日目の午後、一度は諦めると言った大容量アンテナやシャロンの月面望遠鏡を、やっぱり作ろうと言い出した六太。しかし先輩飛行士のラブは、その意見を却下する。今後はSEV(海上ローバー)の運転訓練なども増えるため、 時間内には無理だと判断したのだ。しかし六太は諦めず、海中に停めてあったSEVから、時間問題を解決する新しい案を閃く。そしてそれをすぐに、アンディに相談した。「アンディの有り余ってるパワーがあれば……可能かな?」NEEMO7日目——。六太の新しい案は、アンディのおかげで順調に作業を進め、ほぼ完成することができた。それは、SEVの荷台に搭載する新しい荷台だった。実はこれまで、資材は海中にある資材置き場から、手押し車に積んで運んできていた。そのため六太は、積んで戻ってくるだけで2時間近くかかった運搬作業を、SEVの荷台で大幅に短縮しようという。しかもSEVにロボットアームを取り付けるため、4人は組み立て作業に集中でき、運搬はハミルトンに任せられることまで考えられていた。NEEMO8日目——。ハミルトンが資材を運んできてくれるおかげで運搬作業がなくなり、基地制作に集中できるようになった六太たち。人材も機材もフル活用することができ、管制からの評価も上がっているようだった。しかし、ケンジは悩んでいた。六太が時間を作ろうと必死だった時、自分が選ばれることだけを思っていたからだ。これから何を考えていけばいいのか、わからなくなっていた。そこでケンジは、六太と話すことを決めた。アンディに話しを聞いて、先のことを考えることをやめ、今を大事に考えることにしたという六太。六太の無理なことに挑戦していきたいという考えに、ケンジは、自分の娘・風佳が思い描いたヒーロー・スーパンダマンの姿を思い出していた。ケンジを励まし見送ってくれた風佳のためにも、ケンジは無理して頑張るヒーローになることを決意した。
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第83話 俺とケンジ
NEEMO訓練3日目——。六太たちには、重い試練がのしかかっていた。それは、自分とケンジの二人のうち、月に行けるのは、どちらか一人だけという事実だった。互いを最高のパートナーだと思っていただけに、ショックを隠せない六太とケンジ。六太はシャロンのため、ケンジは家族のため、これまで辛い訓練も互いに励まし合い、頑張ってきた。これからどう接していけばよいのか、なかなか答えをだせないまま、相手の差し伸べた手も掴むことができず、すれ違うようになってしまった。応援してくれる家族のためにも、六太と競うことを決意したケンジは、今回出した3つの案で、必要なものと、そうでないものを考え直すことにした。その結果、少ない時間でより良いものを作るため、大容量の通信アンテナと、六太が切望していたシャロンの月面望遠鏡を、建設しないことを提案する。ケンジの指摘通り、限られた時間ではいくつも施設を作ることは厳しい。六太は反対意見を出すことができず、肯定してしまう。船外活動中、ガゼボでアンディと一緒になった六太は、『選ばれなかった方は、この先ずっと月へは行けないのか』と聞いた。アンディから返事は『いつ誰を何のミッションに任命するかなんてことは、誰にも分からない』ということだった。事実アンディ自身も、なかなかアサインされず、随分待たされたという。同期の仲間がどんどん先に選ばれる中、なぜ自分だけ選ばれないのか、考え、苦しんだ時期もあったらしい。そんな辛い時期、アンディは考えるのをやめ、いま目の前にある訓練や仕事をさらに増やして、それで頭をいっぱいにしたという。アンディの言葉を受け、ようやく自分の信念を取り戻した六太は、皆の大容量通信アンテナも、月面望遠鏡も本当は必要だと思っていることを伝えた。「時間内でどこまで作れるのか、みんなであがいてみませんか」自分たち宇宙飛行士は、宇宙へ行けるかわりに、誰かの願いに応えないといけないのだ。
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第82話 宇宙家族
NEEMO訓練2日目——。地球上でもっとも月面を再現できる場所で、月の訓練をすることになった六太たち。最終日を除く12日間でやる課題は、『三分の一スケールの月面基地、および周辺設備のモデルを船外に建設すること』、そして『各チームの新人飛行士2人が、基地の新しい設備などのアイデアを出し合い、先輩飛行士2人が採用案を検討すること』だった。新人である六太とケンジは、さっそく互いの意見を出し合い、新しい施設案を検討する。2人とも、いま実在している月面基地を発展させる方向でいくことで意見が一致し、将来的に実現可能な基地の設備を考えることに決めた。そして、大容量通信アンテナ、ローバーなどの充電ポスト、シャロンの月面望遠鏡など、互いを尊重しながら、次々とその内容を決めていく。意見をぶつけることもないため、サクサク決まり、どんどん進む。互いに最高のパートナーと感じており、このコンビで月に行けたら楽しいだろうなと思っていた。しかし、そんな六太とケンジのコンビの状況に、先輩飛行士たちは危機を感じていた。船外活動中にも関わらず、アンディから作戦会議ができるガゼボ(酸素補給場所)に呼ばれた六太とケンジ。そして集合した六太とケンジに、アンディからとても信じたくない発表があった。「お前ら二人のうち、月に行けるのは、どちらか一人だけだ」この決定事項を伝えた理由は、事実を知って競合させれば、必死になり集中力も高まり、チーム全員のメリットになると判断したからだった。これからは、六太とケンジは協力し合って課題に取り組むのではなく、互いにライバルとして接しろ、ということなのだ。この事実を聞き、六太は驚愕の顔でケンジを見る。視線の先のケンジは六太を見ず、ただ茫然自失でうつむいていた。お互いを最高のパートナーと感じていただけに、ショックを隠せずにいたのだ。それを見た六太は、思わずケンジから顔を逸らしてしまい——…?
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第81話 一番の敵
月面ローバーの改良案が評価された六太と、ケンジ、新田を含む12名の飛行士たちは、憧れの月を目指すため、過酷な訓練を始めようとしていた。それは、通称・NEEMO訓練(NASA極限環境ミッション運用訓練)というもので、海底に造られた仮想月面基地で、約2週間のシミュレーション生活を送るのだ。フロリダの海底20メートルの深さに設置されたNEEMOの施設は、地球上でもっとも月面を再現できる場所だった。居住施設は全部で3つあり、六太は2つ目の施設・AQII(アクエリアス・ツー)に、ケンジと一緒に入ることに決まった。ダイビングスーツで潜水し、六太とケンジが海底施設に入ると、そこにはすでに、2名のベテラン宇宙飛行士と、1名のダイバーが待っていた。リーダーのジョージ・ラブ(宇宙飛行士)と、巨大な身体を持つアンディ・タイラー(宇宙飛行士)、そして海が大好きなハミルトン(技術支援・ダイバー)である。NEEMO訓練1日目——。一息ついたところで、ジョンソンスペースセンター・NEEMO管制室から初日の訓練内容が知らされた。それは船外(海底)に出て、月の重力を仮想体験するというものだった。ラブの先導で、特殊な潜水服を着込んだ六太は、さっそく船外活動に勤しんでいた。自分の重さを調節しながら、月面を想定して動くのだ。最初はなかなか慣れない六太だったが、ケンジに励まされ、協力しながら、楽しい訓練初日を終えることができた。船内に戻ると、ラブが今後の訓練内容について話し始めた。今後は船外活動が2割、残りの8割は同時に訓練をしている他2チームと競い合う形式になるらしい。チームの評価はそのまま月ミッションのアサイン順につながる可能性が高く、他のチームには負けられないという。六太は最強の味方・ケンジがいるから大丈夫、と自信満々の顔。そしてNEEMO訓練2日目——。地上の管制室から通信が入り、課題の内容が発表され——!?
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第80話 秘密
月面バギー開発で見事成果を出すことができた六太は、先輩宇宙飛行士・ビンスに連れられ、新たな訓練の説明会場へと来ていた。その会場にはすでにケンジや新田など、何人もの飛行士たちが集まっていた。そして、12名の飛行士たちが揃ったところで、バトラー室長から訓練内容が発表される。六太たちはこれより数日後から約2週間、NEEMO(ニーモ)で実践訓練をするというのだ。NEEMOとは、海の底、水深20メートルに設置された、仮想月面基地の名称である。そこでのシミュレーション生活は死の危険も伴うため油断はできない。だが、地球上で最も月面を再現できるため、六太にとっては憧れの場所だったのだ。NEEMOまで、あと2日——。六太はロシアから帰国した日々人と、朝食を食べながら近況報告をしていた。「やっと自分も月へ行くための第一段階に立てた」と喜ぶ六太を前に——日々人の顔はどうにも浮かない。怪しむ六太だが、まさか日々人がパニック障害で、さらには安全スーパーバイザーに任命されたことなど、思いもしないようだった。日々人も、このことは六太には隠し通す気のようで——?そして——。六太はケンジらと共に、2週間の月面シミュレーション生活へと突入。一方、日々人は——。安全スーパーバイザーに着任し、与えられた立派なデスクを前に、唇を噛みしめていた。『一人でもリハビリ訓練をしないと……』日々人が思案を巡らせていた丁度その時、ローリーが台車を押して入ってきた。「なんか君宛にものすごい荷物が届いたよ?」台車の上には大きなダンボールがあり、送付状はロシア語で書かれていた。なんとイヴァンが、日々人を思って、集めたコスプレ訓練用の衣装を送ってくれたのだ。決意の表情でヘルメットを手に取る日々人。「なあ……ローリー……秘密……守れるか?」どうやら日々人は、ローリーも巻き込み、現状を打破するため秘密の訓練を決行するようで——?
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第79話 オリガとヒビトとガガーリン
月での事故がきっかけで、パニック障害となってしまった日々人。ロシアで極秘にリハビリ訓練をしていたところ、JAXAから突然の帰国命令が届く。リハビリに時間がかかっているという理由で、『安全スーパーバイザー』として働くよう、辞令されてしまったのだ。このことは、日々人を指導していたイヴァンにも遺憾だった。イヴァンはどうしても、日々人を治してやりたかったからである。実は宇宙飛行士だったイヴァンの父親も、日々人と同じパニック障害だったのだ。だが意義を申し立てたくても、ロシア人の彼に、日本人の日々人の処遇は変えられない。悔しい気持ちを抑え込む日々人に、イヴァンは言う。『今は耐えるしかない。辛抱強く、復帰することだけを考え続けろ——』と。その夜——。帰国のため荷物をまとめていた日々人の部屋に、思わぬ来客があった。それは、泣きはらした顔のオリガだった。日々人の処遇を聞いたオリガは、居ても立ってもいられず会いに来てしまったのだ。「これ……あげる」オリガが差し出したのは、日々人が観たがっていた、『オリガのダンスの成長記録』の続き。たまに観て、自分のことを思い出して欲しいというオリガの願いのようだった。オリガを家まで送る道すがら——。通りかかった公園で、オリガは自分より背の高い、ガガーリン像を片手で示した。ユーリ・ガガーリンとは、世界発の有人宇宙飛行を成功させた、ロシアの宇宙飛行士である。オリガは、イヴァンに聞いたというガガーリンの豆知識を披露。しかし最後までは話さず、「続きは次回、日々人がまたロシアに来た時に」と笑顔を浮かべた。そして、オリガとの別れの時——。「じゃね! イエーイ!」ヒビットの決め台詞を言いながら、みるみる遠ざかっていくオリガ。彼女を最後まで見送った日々人は、自信が持てない自分を悔やんでいた。『パニック障害を治したら……今度は堂々と、またロシアに来る——また会いにくるよ、オリガ——』
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第78話 時間切れ
『見えない踏ん張り』を続けてきたオリガは、舞台の上で美しく、まるで無重量空間にでもいるように軽やかだった。公演後、日々人はオリガに、自分がパニック障害を治しに来たことを打ち明ける。「日々人ならすぐ治る」と明るいオリガに励まされた日々人は、その帰り道、彼女が欲しがっていた新品のブーツをプレゼントした。翌日、訓練へ復帰した日々人は、オリガの成長記録の続きを貸してくれるよう、イヴァンに頼んでいた。しかし、貸せない理由があるらしい。「実はボリューム・ワンを、黙ってお前に見せたことがオリガにバレてな……超怒られた」そう言いながら、イヴァンは持っていたサングラスを日々人にかけさせ、そのまま施設内を歩かせる。理由もわからず歩き続けると——やがて拍手の音が聞こえ、職員たちが日々人に歩み寄ってきた。「おめでとう。レベル1合格だ」サングラスをかけた日々人は、知らぬ間に、先日、与圧服を着て歩けなかった距離を歩ききったのである。これは、コスプレをしながら徐々に宇宙服への恐怖を和らげていこう、という訓練。思わず笑顔がこぼれるその内容に、日々人はその日、レベル5まで問題なくクリアすることができた。「大事なのは、『できる』という経験を得ること。楽しみながら克服しようではないか。パニック障害など!」一方、ヒューストンでは——。ゲイツが日々人のパニック障害のことを知ってしまい、その処遇をJAXAに求めていた。理由は、NASAの精神心理担当医が、もう日々人は宇宙へ飛ぶことは不可能だと判断したからだった。非情にもJAXAの職員・田沼は、日々人を『安全スーパーバイザー』にすることを提案した。それはあたかも功績に見合った、立派なポジションに抜擢するかのような辞令だった。だが実際、日々人はそのポジションを得て、宇宙への活躍の場を失うことになる。それは、『仕事をさせず、日々人を飼い殺し状態にする』と同じことで——……?
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第77話 宇宙飛行士の娘
与圧服を着ただけで、たった10メートルの距離も歩けなくなってしまった日々人。自分は宇宙飛行士失格だと感じ、リハビリ訓練も、2日続けてサボってしまっていた。『これからどうしたらいい……』途方に暮れていると、イヴァンから一通のメールを受信する。『今夜飲みにつき合え——、一人になるな』その夜、とても陽気に飲む気分ではなかったが、なんとか待ち合わせの場所へ来た日々人。早くもイヴァンは飲んでおり、「頼みがある」と、映像データーが入ったDVD『オリガの成長記録1』と、ビデオカメラを日々人に手渡した。なんでも、明日ダンスコンクールがあり、オリガが出演するという。自分は訓練と重なって行けないため、日々人にオリガを撮影してきて欲しいというのだ。そして、イヴァンは落ち込む日々人に一本の道を示した。「できることから習慣づけろ——まずは私と酒を飲め!」ほろ酔いで帰宅した日々人は、早速オリガの映像を観ていた。画面の中のオリガは、何度やってもうまく踊れず、すぐにいじけては怒られていた。明らかにまわりの子の方がうまい状況に、オリガにバレエは向いてないんじゃないかとさえ思えてしまうほどだった。しかし、オリガの夢は今もダンサー。このあと彼女は、どうやってこんな辛い練習を続けられたんだろうか——?公演当日——。ビデオカメラを片手に、日々人は劇場へ来ていた。大勢の観客の中、やがて幕が開くと——星空の下で子どもたちが踊り——主役が登場する。驚くことに、主役はオリガだった。舞台を観ながら、日々人は練習を嫌がる子どもの頃のオリガを思い出していた。もっと楽な方がいいと言うオリガに、母・エミーリアは言う。『人に見られることをするには、見えない踏ん張りが必要なの。苦しくて苦しくて大変な演技ほど、美しく見えるの』舞台のオリガは美しく、完璧なアラベスクをキメていた。それは、辛い練習から逃げず、見えない踏ん張りを続けた、確かな証のようだった——。
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第76話 オリガ
月での事故が原因で、宇宙服を着て緊張状態に置かれると、発作に襲われるようになってしまった日々人。このままでは宇宙での船外活動ができず、希望する月ミッションには加われない。そのため日々人は、兄・六太には病状を伏せたまま、かつての自分を取り戻すべく、極寒の地・ロシアへと向かった。そこで待っていたのは、日々人のことをヒビチョフと呼ぶ、宇宙飛行士・イヴァン・トルストイだった。ロシアの英雄でもあるイヴァンの家に招待された日々人は、彼の妻・エミーリアや、その友人たちに囲まれ、酒を飲み交わし、楽しい時を過ごす。「心の健康のためには、ある程度の酒は必要なのだ!」酒好きのイヴァンは上機嫌だ。しばらくすると、そこにイヴァンの娘・オリガ(15歳)が帰宅した。そっけない挨拶をし、まるで日々人に感心がないかのように去っていくオリガ——だったが、彼女の頬には緊張の汗が流れていた。「バヤイ……」実はオリガは、アニメ『Mr.ヒビット』のモデルになった日々人の、大ファンだったのだ。数日後——。いよいよ日々人は、ロシアの宇宙センターで、訓練を始めることになった。最初の訓練は、『与圧服を着た状態で、10メートル歩く』、というだけのもの。しかし日々人は、その状態で一歩も歩くことができない。日々人の脳内では、月面で遭難し、酸素がなく苦しんだ時のことがフラッシュバックされてしまっていたからだ。耐えきれず、力なく倒れる日々人……その顔は、蒼白だった——。日々人の症状は、ヒューストンにいた頃よりも悪化していた。環境を変えれば、変われると思っていただけに、ショックは大きい。「失敗の回数が増えれば増えるほど……俺は、宇宙飛行士じゃなくなっていく気がする——」アニメのヒビットとは違い、今の日々人には勇気と元気がない。思い詰めた日々人は、これ以上病状を重くしたくないと、指導教官であるイヴァンに、訓練の内容変更を申し込むが——…?
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第75話 わたしの両手
月の訓練への道を開くには、バトラー室長に認めてもらうしかない。そう感じた六太は、先輩アレックスとT-38に乗り込み、魔法の裏技を披露しようとしていた。魔法の裏技とは、見る者にはロケットの打ち上げのようにも感じられる、バーティカルクライムロールというアクロバット技のこと。六太はバトラーの前でこの技を見せることこそが、宇宙への近道だと思ったのだ。18時30分ちょうど、六太の魔法の裏技は、バトラーにも見える位置で見事に成功した。だが、六太の計画はこれで終わりではなかった。その3分後、さらに六太は、2つ目のアクロバット技を決行しようとしていたのだ。実は六太は、バトラーだけでなく、せりかにもメールを送っていた。その内容は、『今日の訓練でエーリントンに着いたら、18時33分に空を見てほしい』というもの。以前、六太の飛行の師匠・デニールは言っていた。『空にハートマークでも描けりゃ一流だ。意中の女にでも見せてみろ。イチコロだぞ……ウハハッ』六太はせりかにハートマークの軌跡を見せて、告白しようとしていたのだ。しかし残念なことに、せりかのいるシャトルバス側から見えたものは、ハートマークではなく、バルタン星人のハサミ型だった。そしてハートマークに見える位置から空を見上げていたのは、なんとバトラーだった。自分が告白されたと思い赤面し、愕然と空を見上げているバトラー。その様子は、明らかに動揺していた。「ミスタームッタ……それは……マズイでしょ……」一方、日本にいるシャロンは、来日したモリソン博士たちに、月面望遠鏡の計画を引き継いでもらおうとしていた。自分の手が思うように動かないこと、もう話せなくなることを受け入れ、準備していたのだ。魔法の裏技から数日後――。六太はNASAの技術者たちと、フロントウィンドウの試作品を完成させていた。そこに、ビンスが早足でやってくると、六太にとって新たな目標を告げ――?
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第74話 魔法の裏技
六太が提案した『フロントナビシステムを利用した月面ナビ』は、NASAの役員満場一致のもと、実装が決定されようとしていた。これでようやく六太も月の訓練に参加できる、と思いきや――バトラー室長だけは、六太を参加させるか否か迷っていた。それは、パニック障害に苦しむ日々人を思ってのことだった。バトラーが慎重になる理由は、20年以上前にNASAにいた宇宙飛行士、ロナルド・クーパーと日々人が似ていたからだった。ロナルドは、T―38の飛行訓練中に事故で死にかけ、その後パニック障害になってしまった。治療に励むも思うように成果が出せず、最後はNASAを去ったのだ。いま判断を焦れば、日々人も同じように宇宙飛行士を辞めてしまうかもしれない、バトラーはそれを心配していたのだ。一方六太は、飛行場で先輩宇宙飛行士であるアレックスに、『バーティカルクライムロール』というアクロバット技を教えてくれと頼んでいた。月の訓練への道を開くには、結局、バトラーに認めてもらうしかないと気づいたのだ。以前、バトラーは「自分を一人前のパイロットだと感じたのはいつか?」という問いに、こう答えていた。『バーティカルクライムロールを教官の前で披露したときだ』――と。バーティカルクライムロールとは、回転しながら急上昇していく、ド迫力のある技である。見る者にはロケットの打ち上げのようにも感じられるため、バトラーは己の出世欲、宇宙への憧れ、向上心、それらをストレートに伝える力が秘められていると感じ、宇宙への切符を勝ち取る魔法の裏技と思っていたのだ。六太はバトラーに自分の意志を認めて貰おうと、この魔法の裏技に挑戦するという。『18時半ちょうど――エーリントン上空を見てみてください』六太からメールを受け取ったバトラーは、食事の行きがけに上空を見た。そこには、上空を天に向かって急上昇していく、一機のT-38の『魔法の裏技』が見え――?
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第73話 道なき月に道を
月での事故が原因で、宇宙飛行士として致命的な、パニック障害となってしまった日々人。その治療に専念するため、家族や、とくに六太には内緒で単身ロシアへと向かっていた。一方六太は、いままさに、バトラー室長と吾妻、NASAの役員たちに、『崖や谷に落ちない、月面バギーの改良案』のプレゼンを始めようとしていた。この案が通れば、六太も月の訓練に参加できるかもしれない。緊張した面持ちで提案したのは、「道なき月面に道を映し出す」という大胆な発想だった。以前、ミラクルカー社という自動車会社に勤めていた六太は、渋滞する日本の道路を改善しようと、『空飛ぶ車社会』という企画を進めていた。しかし、車は飛ばすことができても、道路は飛ばすことができない。そこで考えたのが、『それぞれの車のフロントガラスに、架空の共通道路を映す』というものだった。結局この企画は上司には現実味がないと却下されたが、六太の元後輩・技術チームの中川と糸井は諦めず、フロントガラスに道を映すことができる『カーナビ・フロントガラス』の研究を続けていた。そして現在、二人の頑張りが実り、すでにその技術はほぼ完成。これを応用すれば、月面ローバーのフロントウィンドウに道を映すことが容易にできるというのだ。さらに、六太の発表は続いた。JAXAに協力を要請したところ、『かぐやII』が観測した地形情報から作った、最新の月面3Dマップも提供してもらえるというのだ。この3Dマップは、月の35パーセントの範囲までであれば、クレーターの位置や深さまで、かなり詳細に閲覧することができるという。そのデータを使用すれば、月面ナビのプログラムがすぐできるのである。プレゼンを終えた六太の案は、開発予算まで考慮した、文句なしの内容だった。六太はさらに言葉を続ける。「JAXAの成果と、開発会社の技術、あと、NASAに熱意さえあれば、我々のこの案は、実現できます!」と――。
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第72話 日々人の障害
月での遭難が原因で、パニック障害となってしまった日々人は、このことをシャロンにだけは話していた。『船外活動ができないうちは、月ミッションへの参加はできない――』『治るかどうか、わからない――』重い口調で話す日々人に、シャロンは微笑んだ。「治るわよ。ヒビトなんだから」シャロンの後押しを受け、心を少し軽くした日々人。治療のため、六太や家族には内緒で、単身ロシアへ赴こうとしていた。その頃、六太とNASAの技術者たちは、月面ローバーの改良案について相談していた。月でのハンドリングやブレーキを改善するためには、浮かないように車体を重くするしかない。だが月へ物を送るには、何百億円もの大金がかかるようなのだ。現実的には不可能な案しか出ない中、不意に六太が閃いた。解決できるかもしれない案を思いついたかもしれない――らしいのだ。すぐさま六太は、以前勤めていてクビになった、ミラクルカーコーポレーションに電話をかけた。昔自分が企画した『飛行自動車』と『フロントガラス』の設計を思い出し、ローバーの改良に使えると考えたからだ。話しをしていると、電話の相手は元同僚から、六太をクビにした張本人・間寺役員に代わった。間寺の要件は、娘が新田のファンなので、サインが欲しいということ。少なからず宇宙に興味があると知った六太は、これをチャンスだと思い、すかさず協力を求めた。「車のプロの実力をぜひ、宇宙で役立てたいんです!」六太の言葉に気をよくした間寺は、NASAのローバー開発に、格安で協力することを約束してくれた。さらにJAXAの星加とも連絡を取った六太は、具体的な改良案を完成させ、ついにプレゼンテーションまでこぎつけた。もしこの改良案が実現可能と判断されれば、今度こそ六太にも月への訓練に参加できるかもしれない。期待を膨らませバトラー室長らを待つ六太たち。その手には、ダンボールで作られたローバーの模型があり――?
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第71話 リハーサル
次なる六太の目標は、月ミッションへの道を開くため、月面の谷に落ちても壊れないバギーか、もしくは落ちないバギーを作ること。なにか良い案はないかと模索していたある日、六太は日々人と、兄弟並んで雑誌の表紙に載ることになった。撮影場所は、古い倉庫の中だった。倉庫の中に入ると、まるで月面のような、カッコいい撮影ステージが広がっていた。表紙写真のコンセプトは、『日本人ムーンウォーカー第1号南波日々人と、その後を追って月へ向かう兄の六太、同じ舞台で追いつ追われつがんばっているライバル兄弟をテーマに、今の二人の姿を通じて世の働く人々にメッセージとして感じとってもらおう』というもの。そのため日々人は宇宙服でビシッと決めていたが――六太の衣装は変だった。元サラリーマンが宇宙飛行士になって今まさに宇宙を目指しているという表現のため、六太の衣裳は、上半身は宇宙服なのに、下半身はズボンと革靴だったのだ。撮影が始まると、六太は日々人の様子がおかしいことに気付いた。宇宙服のヘルメットの中の日々人は、汗をにじませ、険しい顔をしていたのだ。心配する六太に、日々人はなんでもないというが――……?日々人、ロシアへ出発の日――。新たな訓練のためロシアへ行く日々人を見送った六太は、雑誌の編集者からもらった写真を見ていた。それは、月面に2人が並んでいる写真。『とりあえず、リハーサルは終了だな、日々人――』兄弟そろって月面に立ちたい、すぐに追いついてやる、六太の顔はやる気に満ちていた。一方、日々人は険しい表情で2人の写真を見ていた。六太に知らせていないが、日々人の新しい訓練の内容は、『パニック障害を克服する』ためのものだったのだ。月での遭難が日々人の心に恐怖を植え付けてしまい、危険性を伴う状況で宇宙服を着ると、発作が出てしまうのだ。しかも、船外活動ができないうちは、月ミッションには加われない。事態はかなり深刻で――!?
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第70話 諦めのような覚悟
バトラー室長に呼び出され、自分が新人にしては異例の出世コース、『バックアップクルー』に推薦されたことを知らされた六太。バックアップクルーとして一通り訓練を遂行すれば、次はもう宇宙へ行けるらしいのだが、その行き先は月面ではなく、ISS(国際宇宙ステーション)への搭乗とのことだった。本来は喜ぶべきことだが、シャロンとの約束を守るため、誰よりも早く月へ行きたいと思っていた六太は、大いに戸惑っていた。もしISSの方向に進んだら、宇宙へは近道になるが、月へは遠回りになってしまうのだ。しばらく一人で考えた末、六太は自分にとって一番の金ピカである『月』を目指し続けることにした。そして、自分よりふさわしい人物である伊東せりかに、ISSへの席を譲ることに決めたのだった。願い通り、せりかがISSのバックアップクルーに選ばれると、その直後、六太の研修先も決まった。それは、機械音が響く工場の中にある、月面基地局の開発部署だった。これから六太は、少々クセのある技術者・ピーター、ダン、ハロルドたちとともに、バギーの開発・改良業務に加わることになったのだ。六太がここで良い働きを見せれば、自ずと月への道は開かれる……という話だったが――前途は多難だった。目下の課題が、月面バギーの改良だったからだ。これは、『落ちても壊れないバギー』にするか、あるいは『落ちないバギー』にしなければならないという難題であった。解決の糸口をつかむため、技術者たちに詳しく話しを聞く六太。驚くべきことに、これまでずっとバギー開発は、車の専門家を雇わずに作ってきたらしい。だが、すべてNASA独自の技術ではあるものの、タイヤもブレーキもほぼ完璧に仕上げられていた。これ以上改良すべきところがない現状、残された道は『落ちないバギー』を考えるしかないのだが……良い案はなかなか浮かばない。かつては自動車開発のプロだった六太、本領発揮なるか――!?
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第69話 日々人に並ぶ
2026年8月23日、日本にてアニメ版ミスターヒビットがスタートした頃――、六太はジョンソン宇宙センターの超巨大プールにて、無重力に似た環境での船外活動の訓練に励んでいた。2026年11月1日には、六太や宇宙飛行士仲間たちが、デニール・ヤング、68歳の誕生日を祝い、丸いグラサンをプレゼント。2027年6月20日――たくさんの訓練とイベントを経て、六太たちは『デニール引退の日』を迎えた。引退式直前、ラストフライトのためマックス号へと向かっていた六太に、デニールは一つの頼みごとをする。それは、離陸から着陸まですべて六太にやって欲しいというもの。本来、訓練生が離着陸を任されることはないのだが、「お前はワシが育てたんだ。自信をもってこの身をゆだねられる」とデニール。規約違反になると戸惑いつつも、六太はデニールの最後の頼みを受け入れる。「最後の生徒がお前でよかったぜ、ムッタ」ラストフライト後――引退式。主役であるデニールを囲み、六太や職員たちが、水の入ったバケツを構えて立っていた。デニールは軽く笑みを浮かべると、六太の目をまっすぐ見て言った。「心のノートにメモっとけ。引退式でぶちまける水の勢いは、退く者への感謝の大きさに比例する」六太は泣きそうになるのをこらえ、誰よりも先に、バケツの水を遠慮なきスイングでぶちまけた。その大きなしぶきは、デニールへの大きな感謝の証となり、職員たちの水しぶきが後に続く中、六太の心のノートには、デニールとの日々がメモられていた。そして――ついに六太たち訓練生は、正式な『宇宙飛行士』に認定された。これでようやく、六太は日々人と並ぶことができたのだ。さらに、バトラー室長に呼び出された六太は、重大発表を聞くこととなった。1年半後のミッションで、六太がバックアップクルーに推薦されたというのだ。いきなり日々人にならぶ出世コース、驚いた六太の反応は――!?
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第68話 二つの鍵盤
「今回担当する教え子が宇宙飛行士に認定されたら――ワシは引退すると決めとった」自分が教官・デニールの最後の生徒だと知った六太は、一流の宇宙飛行士になるために、一流のパイロットを目指すことを決め、懸命に訓練を続けていた。しかしある日、新しくきたシャロンの手紙から、彼女が少し元気をなくしているようだと感じとる。『いま出来ることで、シャロンに喜んでもらえるようなことはないか――』考えた末、六太はシャロンに、『大きな荷物』を贈ることにした。一方――。シャロンに元気がないようだと感じていたのは、六太だけではなかった。同じように手紙をもらっていた日々人も、シャロンのことを心配していたのだ。そのため、会議や講演会でいったん日本に帰国した日々人は、多忙なスケジュールをやりくりし、『大きな荷物』を持ってシャロンに会いに行くことにした。シャロンの研究所へ着くと、日々人はまっすぐピアノの部屋へと向かった。ピアノの鍵盤を押し、自分が買ってきた『大きな荷物・キーボード』の鍵盤の方が軽いことを確かめると、笑顔でこう言った。「シャロン、これで気晴らしに一曲出来るよ」笑顔の日々人に、驚きと喜びの涙を浮かべるシャロン。そして、一緒にいた助手の田村も驚き、感動していた。それもそのはず、実は六太からも『キーボード』が贈られていたのだ。きちんと手紙も同封されており、最後の一文には「弾いてみてよ 六太より」と書かれていた。六太と日々人に送られたシャロンの手紙には、「手に力が入らなくなり、大好きなピアノを弾こうにも、鍵盤は重く、弾くことが出来なくなった」と書かれていた。そのため、照らし合わせたわけでもないのに、六太と日々人はシャロンに同じものを贈っていたのだ。離れていても、シャロンを思う気持ちは同じだった六太と日々人。久々に室内に響いたシャロンの演奏は、ゆっくりではあるが、とても嬉しそうな音色だった――。
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第67話 デニール化
自分でコントロールできる限り、精一杯やる――。そう覚悟を決めた六太だったが、T-38の操縦訓練は、決して順調とはいえなかった。教官・デニールが、飛行中なにかとジャマを入れてきて、景色を観る余裕すらなかったのだ。焦る六太にデニールはいう。『一流のパイロットは、飛行機を飛ばしながら気の利いたジョークも飛ばせ、いつでもどこでもアクロバットで楽しめるもんだ』六太には一流の宇宙飛行士になって欲しい、そのためにも一流のパイロットになって欲しいというデニール。実のところデニールは、今回担当する教え子が宇宙飛行士に認定されたら、教官を引退すると決めていた。六太が最後の生徒なのだ。その頃、日々人は――。ダミアン、リンダ、ピコと共に、無事に帰還できたことに祝杯をあげつつ、訓練中の六太のことを話題に上げていた。デニールの教えを受けていた日々人は、その内容がやたらと負荷をかけてくる事を知っており、六太がもう『デニール化』した頃ではないかと楽しそうに語った。デニール化とは、知らず知らずのうちに自分が凄腕パイロットになっているということをいう。改造されたマックス号に乗ることや、やたらと話しかけ頭の中の処理項目をどんどん追加させるデニールの行動は、すべて利にかなった訓練方法だったのだ。そうとは知らない六太だったが、見事『デニール化』していた。その運転技術は目隠し飛行をしながらアクロバットができるほど上達していたのだ。訓練中、デニールに六太は、なぜ訓練前いつも写真に敬礼しているのか尋ねた。「彼らにあいさつもなしに、アスキャンに操縦を教えるのはなんか後ろめたくてな」写真に写っている彼らは皆、事故で殉職したパイロットたちで、中には訓練中の事故で死んだ宇宙飛行士もいるというのだ。この大事な事実に関してデニールは、いつもの「メモっとけ」を言うことはなかった。だが六太はしっかりと、『心のノート』に記していたのだった。
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第66話 二つのノート
自信満々な教官・デニールのもと、宇宙飛行士になるために欠かせない、ジェット機・T-38の操縦訓練を受けることとなった六太は、初飛行だというのに、4倍以上の重力が加わる飛行の時だけに必要な、『Gスーツ』を着込まされてしまう。不安な表情を浮かべる六太に、デニールは機体をチェックしながら語り始めた。「飛行前のチェック作業は気を抜くな。事故った時、整備士に責任を押し付けるのは、パイロットの恥っちゅうもんだ。心のノートにメモっとけ」情報や知識は頭のノートにメモり、大切な事柄は心のノートにメモる、最初の教えであった。初飛行後――。デニールのアクロバット飛行に度肝を抜かれ、すっかり気持ち悪くなってしまった六太。そんな六太に、デニールは楽しそうに『もう一度乗るか?』と聞いてきた。止まるも進むも、コントロールするのは自分次第なのだ。「ちなみにヒビトは吐いた後、うれしそーな顔しながら、もっかい乗せろと言ってきたぞ。心のノートにメモっとけ」兄が弟に負けるわけにはいかない。六太はヘルメットを掴むと、もう一度乗せろと合図したのだった。「イッツ・ア・ピース・オブ・ケイク!」そして訓練の日々は続き――。休憩中、六太はずっと気になっていたことをデニールに質問した。『なぜ歩けるのに車椅子や杖を使っているのか?』と――。いつか本当に歩けなくなるシャロンのことを考えれば、デニールがふざけてるようにしか見えなかったのだ。デニールは『これもすべて訓練だ』と答えた。晩年脚を悪くした父や祖父と同じように、いつか自分も歩けなくなるかもしれない。杖の使い方も車椅子の操作も、今のうちにバッチリ訓練しておけば、後々自分のためになるからだというのだ。六太はシャロンからもらった手紙を思い出していた。シャロンも文字を書く訓練で、少しでも病気に打ち勝とうとしていたのだ。コントロールできる限りできることをしよう――そう決意する六太だった。
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第65話 車椅子のパイロット
飛行訓練のテストで最低点をとってしまった六太は、たったひとり、追試を受けていた。しかし、今回の六太は前と違った。『誰よりも早く月へ行き、シャロンの見たがっている小惑星の姿を見せる――!』その集中力は凄まじく、試験官も圧倒されるほどだったのだ。追試後――。飛行場へ向かう廊下で、六太は突如大きな物体に衝突されてしまう。「ワシがかわす方向によけてきたのはお前が初めてだ。ウハハ」その声の主は、なぜか電動車イスに乗ったデニール・ヤング、日々人に飛行訓練をした教官だった。六太と電動車イスのデニールが、ケンジたちが訓練を受けている格納庫に到着すると、そこには何台ものT―38が駐機していた。T―38ジェット練習機、通称ティーサンパチは、アメリカ空軍が訓練に使うジェット機である。だが、宇宙飛行士も必ずこの機体で訓練をするのだ。操縦はもちろん、天気の確認、地図の読み取り、管制とのやり取りなど、同時に色んな仕事をやることが、宇宙飛行士にとっても大切だからだ。飛行訓練では、成績優秀な訓練生には、優れた教官がつく。できる生徒に高いランクの教官をつけて、優先的に伸ばしていく方式なのだ。「ちなみにワシは最低ランクだ」そう言い、ウハハと笑うデニール。理由はデニールの操縦に耐えられる生徒がいないからだった。「ヒビトもテストで最低点を取ったからな! ワシが担当になった」滑走路につくと、デニールが自分専用のT―38に案内してくれた。こっそりジェットエンジンを改造したもので、推進力がほかの1・5倍あるという。「ターボ ジェットエンジン並みだぞ! ウハハッ!」そう笑うと、デニールは車イスからすっと立ち上がり、スタスタと歩き出した。足腰を悪くしたわけではなかったのだ。その元気な立ち姿に、驚く六太。デニールは襟を正すようにジャケットを着ると、二カッと笑った。「ワシについてこれるなら、他のヤツの1・5倍早く仕上げてやる」
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第64話 一切れのケーキ
ジョンソン宇宙センター・一室――。真剣な顔つきで筆記テストに臨んでいる訓練生たちの中、六太の手は止まっていた。誰よりも早く月へ行き、シャロンとの約束を果たしたいと思っているにも関わらず、まったくテストに集中できないのだ。数日前――。六太とせりかは、シャロンの症状を解明するため、神経内科病院へ来ていた。せりかがシャロンの腕を叩いた時、筋線維束収縮の反応があったからである。せりかは、シャロンが自分の父と同じ病気、『ALS』の可能性を心配していた。『ALS』とは、運動ニューロンという神経だけが障害を受け、脳から筋肉を動かす命令が伝わらなくなっていく病気である。そのせいで筋肉がやせ、徐々に手足が動かせなくなり、食べることも、話すことも、自力での呼吸もできなくなってしまうのだ。シャロンの検査結果は、ALSだった。あと数ヶ月で、シャロンは大好きなピアノも弾けなくなってしまうのである。そのことを告げられても、それでもシャロンは笑顔を忘れなかった。六太は、「僕はいざという時、役にも立たないダメ人間です」を英語で言うとどうなるか、シャロンに聞いた時のことを思い出していた。『イッツア・ピース・オブ・ケイク』直訳すれば「ケーキ一切れ分」ということだが、違う意味もあるというシャロン。その時の六太は、マイナスの意味で受け取ったが、本当の意味は――。『楽勝だよ』こういうウソを、平気な顔でついてしまうのがシャロンだった。後日、六太のにシャロンからメールが届いた。『私も3年後か4年後かに、あなたに月面望遠鏡建設計画の全ての説明を伝えに行く予定です。覚えることだらけよ――覚悟はいい?』メールに返信しようとするも、その手は動かない。シャロンを元気づけられるような文章が、考えても考えても生み出せなかったのだ。そのため六太は、シャロンに教えてもらった言葉で返した。『イッツア・ピース・オブ・ケイク』――。
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第63話 若き日のドキドキ
ジョンソン宇宙センター・講義室――。宇宙飛行士として認定されるには、ジェット機、T―38の操縦資格が必要である。そのため六太たち訓練生は、空軍の学生が3週間かけて習う内容を、3日間で覚えることとなった。さらに5日後には筆記テストが行われるらしく、そのテストの結果次第で今後の訓練の各種優先順位が決まってくるため、誰よりも早く月へ行きたいと思っていた六太は焦っていた。「順位がつくものなら、常にトップを狙わねえと――!」その頃、ゴダード宇宙飛行センター・カフェテラスでは――。会議を終えた天文研究者たちとシャロンが、ワイワイと盛り上がっていた。シャロンが提案した電波望遠鏡の計画に好感を持ち、同じ研究者であるモリソン博士らが話しかけてきてくれたのだ。しかもモリソンは、シャロンと同じく、思い入れのある小惑星の姿を、鮮明に見たいと願っているらしい。同じ志の仲間を見つけることができ、シャロンの計画は、一歩一歩実現に近づいていた。そして――。シャロンは日々人たちに会うため、ヒューストンへと移動する。久々の再会に喜ぶシャロンだが、どうにも体調がよろしくない様子。手に力が入らず、バランスも崩してばかりなのだ。念のため医者にも診てもらうが、異常なしとのこと。シャロン自身も時差ボケによる脱力感であると思っていたが、果たしてそうなのだろうか。その夜――。レストランでは、ケンジやせりか、南波父母やシャロンたちが集まり、『日々人お帰り会』が行われていた。せりかは、子どもの頃からファンだったシャロンに会うことができ、感激。しかしふと見ると、シャロンの手にしていた携帯は、ところどころが欠け、傷が付いていた。それは、病気だったせりかの父と同じ状態。不安を感じたせりかは、シャロンの左腕を取ると、肘のあたりに手をあてた。その反応を診て、青ざめるせりか。シャロンの症状は、せりかの父と同じ病気のようで――……?
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第62話 遥か遠くを望む人
月から帰ってきた日々人は、地球の重力に慣れるため、リハビリを開始しようとしていた。寝て検査して運動してまた寝て、そういうサイクルがこの先45日間続くのである。一方六太は、アマンティに『不安な未来の話の続き』を聞いていた。「私が見たのは……ムッタがとても悲しんで……辛い思いをしている姿……」六太に直接何かが起こるわけではないらしい。「帰ってきたヒビトを見て分かったの、ヒビトもあなたと同じように――辛い思いをすると思う」どうやら六太と日々人にとって大切な誰かが、重い病気になるらしいのだ――。その頃、ゴダード宇宙飛行センターでは――。天文学者であるシャロンが、宇宙開発についてプレゼンをしていた。シャロンの提案は、NASAの宇宙飛行士に協力を依頼し、月面で望遠鏡を組み立ててもらおうというもの。「我々天文学者には、遥か遠くまで行く力はありませんが、遥か遠くを見る力なら、我々に勝る者はいません。きっと実現できます。ここにいるみんなの力があれば――」そして――。六太たち宇宙飛行士候補生たちは、ジョンソン宇宙センターの近くにあるエリントンフィールド空港に来ていた。宇宙飛行士に認定されるためには、ジェット機、T―38の操縦資格が必要なのだ。航空力学に始まり、エンジンシステムなどのメカニック、基本的な航法に各種飛行ルールなど、覚えることは山ほどあるのである。六太はジェット機に乗ることをずっと楽しみにしていた。いつか見た日々人のように、六太も人生初のマッハを体験できるかもしれないのだ。だがそんな気持ちとは裏腹に、六太は眠かった。アマンティの言葉が気になって、ぜんぜん眠れなかったのだ。そこに、プレゼンを終えたシャロンから「ヒューストンまで来たので会おう」と連絡がくる。電話の声では元気そうだが、手を滑らせ携帯を落としたりと、どうも様子がおかしい。六太は不安になっていた。『まさか……シャロンが……!?』
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第61話 日々人を待つ人々
日々人が月から帰ってくる――。地球に帰還する時の命綱となるパラシュートを手がけたのは、ピコ・ノートン。六太たちが訓練として参加した、「カムバックコンペティション」のサポート役だ。しかし、今回は3年前のパラシュート事故以来、初めての月からの帰還である。事故を知る関係者の間には、緊張が走っていた。その頃、日々人、リンダ、ダミアンは、着陸船アルタイルに乗り、月面を離れていた。月軌道上には地球への帰還船3機が回っており、日々人たちが乗って行ったオリオンと、ロシアチームのルーニエ2号、もう一つは予備として、2025年に無人で月に送られた、3人乗りのオリオンがあった。今回日々人たちが帰還船として乗り込むのが、この3人乗りのオリオンである。日々人たちの帰還日――。ピコは、自宅の洗面所でヒゲや髪を整え、見違えた姿になっていた。なぜキッチリネクタイを締めるのか、と息子たちに聞かれると、ピコは言った。「ネクタイを締める理由なんてのは、1コしかねえ、仕事が無事に終わった後に、緩めるためだ」その顔は、『必ず日々人たちを地球へ帰す』、そう願掛けをしているかのようであった。ジョンソン宇宙センター――。管制室内には、大勢の管制官、宇宙飛行士、六太たち訓練生が集合していた。そしてその外側の観覧室では、南波父母、ジェニファー、ピコが、日々人の帰りを今か今かと待ちわびていた。そして――。砂漠の真上に、パラシュートが全てキレイに開いたオリオンが、見事に降下してきた。日々人たちは無事、地球に帰還できたのである。大歓声の中、ジョンソン宇宙センターの滑走路に、ダミアン、リンダ、そして日々人が到着した。規制線の外には、六太、南波父母、アポも来ていた。重力にやや汗しつつも、手を振って歩いてくる日々人。目の前に日々人がくると、六太はまるで近所から帰ってきた弟を出迎えるように言った。「よう日々人――おけーり」と――。
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第60話 海人と宇宙人
宇宙飛行士候補生の訓練として、カムバックコンペティションに参加することになった六太たちは、2週間の準備期間を経て、ついに大会当日を迎えていた。しかし、六太たちE班には試練が待ち受けていた。局地的な雨によって、コースの一部がぬかるみになってしまっていたのだ。E班のローバーはスポンジタイヤ。スポンジが水分を吸収してしまったら、負荷がかかって止まってしまうのだ。打ち上げまで時間がない。六太たちは、スポンジタイヤを濡らさない方法を、早急に考えなければならなくなった。宿泊していたホテルに戻り、なにか使えるものはないかと探す六太たち。案内して貰った備品倉庫で、六太は気づく。このコンペの訓練は、チームワークの向上だけが目的はないこと。今体験しているのは、宇宙開発の縮小版であり、宇宙飛行士を無事に送るため、支える側の人達がやってきた仕事なのだ――と。六太たちがコンペ会場のテントへ戻ってくると、すでにロケットの打ち上げが始まっていた。「大丈夫だよ、みんな。想像では、うまくいってる!」六太は、備品倉庫で手に入れた『シリコンボンド』をスポンジタイヤに塗ると、見事、水濡れを防止することに成功した。コンペ結果発表――。六太たちE班は、全体の5位になることができた。1位のチームは、日本からきた海人チーム。どのチームもゴールまで届かない中、海人チームのローバーは圧倒的なスピードで、ゴールフラッグに辿り着いたのである。日本人同士ということもあり、気さくに話しかけてくれる海人チーム。そしてなぜか、海人チームの上司が六太と電話で話したがっているとのことだった。その上司とは、かつて一緒に宇宙飛行士を目指した仲間、今は民間ロケット工場で働いている福田だった。『こっちもがんばってるよ――君たちが宇宙へ行ける頃に、僕らも日本の有人ロケットを、宇宙へ送り出せるようにね』福田も日々、宇宙に向かって進んでいたのだ――。
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第59話 誓いのサイン
宇宙飛行士候補生の訓練、カムバックコンペティションの準備をする中、なぜか六太は、サポート役のパラシュート技術者、ピコ・ノートンから飲みに行かないかと誘われる。酒の席には候補生たちの教官であるビンセント・ボールドもおり、どうやら2人は、失敗に前向きな六太を、共通の親友・リックと重ねているらしかった。リックとピコとビンスの子供時代――。3人の夢は、いつか自分たちでロケットを作り、宇宙へ行くこと。それは、『いつか宇宙へ行く』と毎日誓いを交わすほど、熱心だった。しかし親や教師たちは、3人の夢に反対していた。将来は鉱山で働くよう強く説得していたのだ。ピコとビンスは反抗することが出来ず、宇宙への夢を諦めると言い出す。『テンションの上がる仕事じゃねえが……鉱山技師も悪くない』『宇宙への夢は最初から俺たちにはでかすぎた』2人の諦めの言葉を聞き、リックは激高した。『こんなど田舎の街で宇宙に本気で憧れた3人が出遭えたんだ。俺はそれだけでも、奇跡だと思ってた。拳を合わせる気がねえんならもういいよ。勝手に鉱山でもどこへでも行ってくれ――俺は絶対諦めねえからな』それ以来、3人は決別してしまった。そして――。ビンスとピコが進学の説明会に出席した日の午後、リックは事故で死んでしまった。乗用車に乗っていたリックは凍結した路面にハンドルを取られ、そのまま湖に突っ込んでしまったのだ。ピコとビンスは、この日のことを死ぬほど後悔した。後悔という言葉では、全く足りない程に――。ISSが来る日――ピコとビンスは夜空を見上げていた。「テンションの上がらねえことに……パワー使ってる場合じゃねぇ………!」「迷ってるヒマなんてない。人生は、短いんだ……!」ピコとビンスは拳を上げ、『宇宙へ行く』という誓いのサインを、力強く交わすのだった。そして、現在――。大会当日を迎えた六太たちE班は、また新たな試練にぶつかってしまい――?
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第58話 本気の失敗
宇宙飛行士候補生たちが「カムバックコンペティション」へと挑戦する中、なぜか六太はピコに気に入られ、酒の席へと誘われていた。集合場所である酒場へ向かっていると、駐車場で教官・ビンスと出くわす六太。聞けばビンスもピコと酒を飲むらしく、酒場まで車に乗せてくれることとなった。道すがら、猛スピードで車を運転しながら、ビンスは六太に質問を投げかける。『君にとっての、敵は誰ですか?』ビンスにとっての敵は、マスコミだという。理由は、マスコミの大多数が宇宙開発、有人飛行を長い目で見てはくれないからだった。他にも、国の予算が有人に多く使われることに反対し、口をそろえて金のムダ遣いといい、無人機のみの宇宙開発を提唱する、科学者、ロボット業界、天文学者たち。有人飛行を邪魔する者は、ビンスにとってはみんな敵のようだった。六太は答えた。宇宙が好きで関わっているのなら、みんな仲間でいいのではないか――?『俺の敵は、だいたい俺です』自分の宇宙へ行きたいという夢を、さんざん邪魔して、足をひっぱり続けたのは、結局自分であり、そういうことに気付かせてくれたのが、天文学者のシャロンだった――と。酒場でピコと合流すると、話題は六太の『失敗に前向きな性格』へと変わる。『本気の失敗には価値がある』と言い放つ六太に、ピコとビンスは少年時代共通の友達だった、リックのことを思い出していた。ピコとビンスが生まれた町は、ミネソタ州・ポットヒルの田舎町。宇宙に憧れ、ロケットを作りに奮闘しながら、共通の友達リックは口癖のようにこう言っていた。『本気の失敗には……価値がある』――と。ピコ、ビンス、リックの3人の将来の夢は、有人ロケットを作り宇宙へ飛び出すこと。管制官になったリックが、宇宙飛行士になったビンスに指示を送り、そのビンスは、ピコの作った宇宙船に乗るのが目標なのだ。しかしこの夢を、親や教師、町の大人たちは皆反対しており――?
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第57話 技術者のスイッチ
六太たちE班の宇宙飛行士候補生は、「カムバックコンペティション」に挑戦するため、決められた予算内でキャンサット作りに励んでいた。しかし、パラシュートがうまく開かなかったり、ローバーが障害物を越えられず、すぐ止まってしまうという問題が発生してしまう。みんなが頭を悩ませる中、六太は車づくりの知識と大胆な発想力を駆使し、プログラムの変更とタイヤをスポンジで作ることで打開しようとする。スポンジならギュッと縮めて筒に入れられ、走る時には十分な大きさに膨らむ、軽いし安いし、加工もしやすい。着地の時のショックもやわらげることができ、いいこと尽くしである。これまで様子を見ているだけだったピコは、自分ができなかった発想と、失敗を乗り越えて良い物を作ろうとする六太の考え方に衝撃を受けた。「パラシュートの『パ』ぐらいは教えてやってもいいかな」ピコはパラシュートの布を素早くキレイに畳みながら、作業の心構えを話し始める。それは、キャンサットが本物の宇宙船と考え、自分の隣にいる宇宙飛行士を一緒に乗せて打ち上げるつもりで、全部の作業をやれということ。そして、隣の男の命を預かったつもりで、パラシュートは女子が畳む方がより良いことを教えた。「パラシュートってのは、愛で開く」その昔、戦場へ行った夫やボーイフレンドに無事に帰ってきて欲しいという願掛けの意味で、パラシュートが開く生命線になる収納作業は女性がやっていた。成功率を少しでも上げるため、ゲン担ぎとして女性がやったほうが良いらしいのだ。ピコのアドバイスと、六太の大胆な発想のおかげで、E班にもようやく成功の兆しが見えようとしていた。その頃、宇宙では――。吾妻たちの乗る宇宙船・ルーニエ2号が、月周回軌道に到着し、着陸船ナウカによって、無事月面に降り立っていた。数時間後には、ムーンベースに滞在している日々人たちCES―51のクルーとの対面果たす予定となっており――?
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第56話 酒の約束
六太たち宇宙飛行士候補生の次なる訓練は、カムバックコンペティションへの挑戦だった。カムバックコンペティションとは、パラシュートの展開システムや、自動制御のローバーを作り、どのくらい正確にゴールへたどり着けるかを競う大会である。しかし最下位でゴールしたE班のサポート役は、全くサポートする気のない屁こき技術者、ピコ・ノートン。しかも完全な酔っ払いだったのだ。ピコに不安を感じた六太とケンジは、ピコが所属するデンバー社の職員に、彼について話を聞くことにした。職員によると、ピコは帰還船オリオンの開発を任されており、さらにパラシュートの展開システムを開発・製造するサブプロジェクトの総合責任者とのことだった。しかも、日々人たちが帰りに乗るオリオンのパラシュートも、ピコが手掛けたものらしい。職員は熱く語る。ピコはただの酔っ払いではない、試行錯誤を繰り返し、やっと今の使えるパラシュートシステムに仕上げた技術者が、ピコ・ノートンなのだと。気を取り直し、ローバーの制作を開始することにした六太たちE班。ネットで調べた図面を頼りに、ボディらしきものを作ったのだが、一つ問題が浮上した。E班は最下位チームのため、制作費は600ドルと一番低額で、このままだと1機しか作れないのである。六太は言う、「失敗して壊れるの前提で、最低でも2機作れるくらいの余裕があった方がいい。モノ作りには失敗することにかける金と労力が必要だ。失敗を知って乗り越えたモノなら、それはいいモノだ」と。六太の言葉を聞いたピコは、ブライアンが亡くなった、アレス計画を思い出していた。失敗を繰り返し良いものを作っていたにも関わらず、予算の問題で計画にピコのパラシュートシステムが採用されなかったのだ。「人の命預かってんだ! 金に糸目つけてんじゃねえ!」もしピコが担当すれば、ブライアンは生きていたかもしれなかった。そのことをピコはずっと悔いていたのだ。
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第55話 遠すぎるゴール
宇宙飛行士候補生・アスキャンが、砂漠70キロを踏破するサバイバル訓練の最終日。にも関わらず、六太は高熱にうなされ、ダウンしてしまっていた。一人でもリタイアすれば、仲間全員がリタイアしたことと同じ。E班全員がリタイアするか、それとも今日中のゴールを目指して進むか、六太は判断を迫られていた。しかしこの日のリーダーは、未来が見えるアマンティ。彼女にはわかっていた、六太が続けるということを。「南波の荷物は、俺が全部持つよ。当然だ」六太の具合が悪くなったのは自分のせいと思っていた新田は、出発の時、六太のリュックを持ち上げ、一人で背負おうとしていた。しかしケンジもせりかも、仲間全員、六太の荷物を持ち、サポートする気満々。仲間の優しさに救われ、六太は思う。「最下位でもなんでもいいから絶対……ゴールまで歩いてやる。1位と最下位の差なんて――大したことねーんだよ」辛い道中だったが、ようやくゴールが見えてきた。「着いた……これでようやく次の訓練に――ん?」六太たちの視線の先に、上空からパラシュートの付いた物体が落ちてくる。やがて車道脇の乾いた大地にドシュッと落ちる――と、パラシュートの先についていた物体、留め金がバカッと外れ、ザザッとタイヤのようなもの(キャンサット)があたりを走行しはじめた。それはサバイバル訓練をトップでゴールしたA班のもの。カムバックコンペティションに参戦するため、早々に研究している真っ最中だったのだ。カムバックコンペティションとは、昔から開催されている、宇宙好きの学生たちを中心とした超小型衛星・キャンサットの打ち上げ大会のこと。アスキャンたちは次の訓練で、キャンサット(パラシュートの展開システムと、自動制御で動くローバー)を作るのだ。指導してくれる技術者を選べるのは、サバイバル訓練のゴール順。そのため最下位のE班は、残り物の『やる気のない訓練教官』を掴まされてしまい――?
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第54話 俺には運がある?
サバイバル訓練、5日目の夜――。六太は焚き火を眺めながら思っていた。『……なんか見えるな……いろんなもんに』六太の視線の先には長いサボテンがあり、それが手前の焚き火の形と合わさって、ロケットと噴射炎に見えてきたのだった。その光景から六太は、日々人を乗せたロケット・マルスワンが飛び立つ姿と、その時一緒にいたデニール・ヤングの言葉を思い出す。『――空は誰の物でもない。だが人生は自分のもの。人生はコントロールがきく』「あれから俺は宇宙飛行士になって……少しは人生のコントロール、効いてんのか? いや……俺は……どこへ行くんだろう……」さらに六太は、宇宙飛行士としての一歩を踏み出し始めた日のことを思い出していた――。『我々JAXAは君を――宇宙飛行士として迎えます――おめでとう! 君には運がある!』宇宙飛行士選抜試験・合格発表の日、六太はJAXAの職員・星加に呼び出され、近所の公園で合格結果を聞いたのだ。そしてその数カ月後――。六太は日々人と交わした『一緒に月へ行く』約束を果たすため、ヒューストンでの合同基礎訓練へ望んでいた。合同基礎訓練とは、各国の新人宇宙飛行士候補生がNASAに集まり、一緒に同じメニューの訓練をこなすというもの。ヒューストンへ着くと、さっそくNASA主催の歓迎会で、新たな仲間・占いがことごとく当たるという、アマンティと出会った。軽い気持ちで六太も占ってもらったのだが、明らかに不穏な眼差しを見せるアマンティに不安が募る。一体、六太の未来になにをみたというのだろうか――?――その謎が解けぬまま、現在。明日はいよいよサバイバル訓練の最終日となっていた。どこまで順位を上げられるかが勝負なのだ。にも関わらず、ぶるっと身震いする六太。どうも体調がよろしくない。『もしかして……このことか……?』病は気からと信じたいものの、六太はアマンティの不安な占い結果を思いだしていた――。
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第53話 生きて二人で月に立とう
日々人が月に来て2カ月――。「俺ももう全然行けるんだけど、外」船外活動するフレディとリンダを眺め、日々人が羨ましそうにつぶやいた。あの事故以来、日々人には船外活動の許可がおりないでいたのだ。サポート中のバディと話しながら、月に来てからのことを振り返る日々人。2カ月よりもっと長い間月にいる気がするのは、やはりあの事故のせいのようだった――。日々人たちが月に来て間もなくの頃――。無人探査機・ギブソンとの通信が途絶えた。管制からその連絡を受けた日々人とダミアンは、ギブソンを見つけ出して修理するため、基地を離れることとなったのだ。しかしその途中、日々人とダミアンが乗ったバギーは、突然の衝撃に見舞われてしまう。気づくと、そこは太陽光の届かない暗い谷底だった。一緒にいたダミアンは足をケガして立てなくなっており、音声機能と体温を調節する循環機能も故障してしまったようだった。そして日々人も、酸素のメインタンクを脱出の際に破損してしまい、危険な状態となってしまう。それでも日々人は諦めず、凍え続けるダミアンを発見したギブソンに乗せ、太陽の光があたる安全な場所へと連れて行く。だがその時にはもう、日々人の酸素は残りわずかとなっていた。どう考えても、基地からの救援は間に合いそうにない。どうせ死ぬなら満点の星空を見て死にたいと思い、日々人は再び谷底へと向かおうとしていた。しかしその途中、ピカッと光るモノを視界の端でとらえる。気になって光に近づくと、それは大先輩ブライアンが『いつか兄弟で月に立てるように』と望んで残したフィギュアだった。さらに奇跡は続き、日々人の目の前には、酸素を生成できるローバー・ブライアン3号も現れたのだった――。――そして現在。『今度あそこに行く時は、きっとムッちゃんと一緒だ』日々人はブライアンフィギュアが置いてあった場所を思いながら、六太と交わした約束が果たされることを願うのだった。
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第52話 兄とは常に
宇宙飛行士候補生・アスキャンの、サバイバル訓練5日目の夜。砂漠のど真ん中でキャンプをしていた六太は、たくさんの流星群を見上げながら、子どもの頃を思い出していた――。2006年7月9日。星空の下、録音機を持って調査遊びをしていた六太と日々人は、偶然にも月へ向かうUFOを目撃し、『二人で一緒に宇宙飛行士になる』と、約束を交わした。そして2025年5月――。日々人は約束を守って宇宙飛行士になったが、六太は自動車会社をリストラされ、職探しの真っ最中となっていた。『兄とは常に弟の先に行ってなければならない』なのに何をやっても六太を追い越し、先を行くのは日々人だった。六太は落ち込んでいた。自分は何がやりたかったのか……と。そんな時、母に事情を聞いた日々人からメールが来る。『2006年の7月9日。ムッちゃんが録ってたテープを聴いてみろよ』テープを探し出して聴くと、そこにはハッキリとした言葉で、子どもの頃の『約束』が残されていた。テープを聴いて以来、六太は日増しに宇宙への想いを膨らませていた。そしてある日、なぜか自分宛てにJAXAから封筒が届く。それは新規宇宙飛行士選抜試験の、書類選考合格通知。実は日々人が母に頼み、JAXAに六太の履歴書を提出していたのだ。しかし六太は、次の選考試験を受けるか悩んでいた。その気持ちを察したシャロンは、『今のあなたにとって、一番金ピカなことは何?』と助言する。六太はようやく思い出す。『月にシャロンの望遠鏡を建てたい』、そう思っていたことを。一カ月後――見事筆記試験に合格した六太は、喜びのあまりトランペットを吹き鳴らしていた。『メロディなきメロディを奏で、道なき道へ行こう。そこに俺にとって一番の、金ピカがあるのだ――!』現代・砂漠のど真ん中――。六太は遠い先へと続く、道なき道を眺めていた。そして、早く宇宙に行きたいという気持ちをこめ、流れ星に願いを叫ぶのだった。
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第51話 生きた石コロ
携帯は見つかったものの、時すでに遅し。弟カズヤからの着信には間に合わず、肩を落とす新田。その帰り道、彼は弟との間に起きたいざこざを思い出す。
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第50話 ニッタとムッタ
六太がリーダーを務める訓練5日目に持ち上がったトラブル。突然、新田が来た道を戻ると言い出す。聞けば、大事な携帯電話を落としたというが...。
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第49話 リーダー新田
へとへとになりながらも、サバイバル訓練の初日は終了。ホッとする間もなく、最下位になってしまった六太たちのチームに過酷なペナルティーが課される。
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第48話 心にいつも万歩計を
いよいよ合同訓練がスタート。バスに乗せられた六太たちが到着したのは、何もない荒野が続く砂漠地帯。チームに分かれて、サバイバル訓練が幕を開ける。
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第47話 最初の約束
それぞれ住む家も決まり、ヒューストンでの新生活が始まった。ケンジが言いかけたことが気になって仕方がない六太は、先輩の紫に直接聞きに行くことに。
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第46話 せっかちやろうナンバーワン
各国の候補生たちとともにNASAで過酷な基礎訓練を受けるべく、空港に集まる六太たち。張り切る六太はトイレでブルースーツに着替えるが...。
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第45話 5人の青レンジャー
シャロンからメールを受け取った六太は、天文台を訪れることに。そこで六太はシャロンから、月面に望遠鏡を建設するという計画について聞かされる。
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第44話 3人の宇宙飛行士
無事、助け出された日々人。救出劇の裏側にはブライアンが日々人に託した願い、吾妻の機転、そして弟のことをよく知る六太だからこその判断があった。
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第43話 ブライアン
日々人が月面で見つけたのは、ブライアンが残していったフィギュア。その裏には、日々人と六太の写真が貼られていた。果たして救助は間に合うのか?
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第42話 日々人の選択
バギーの落下地点に向けて急行するフレディたち。一方その頃、凍え続けるダミアンを救うため、日々人は最後に残った照明弾の熱を使おうと決心する。
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第41話 あと80分の命
斜面から落ちた衝撃で日々人の酸素メインタンクが破損。絶体絶命の危機に陥る日々人とダミアン。NASAの会議で、吾妻は2人を助けるべくある提案をする。
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第40話 天国で地獄
バギーで無人探査機の捜索に向かう途中、誤って谷に落ちてしまう日々人。太陽の光も届かない通信不能な所で、一緒に行動していたダミアンを捜すが...。
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第39話 月の錯覚
新田やせりかたちとともに、JAXAの入社式に臨む六太。会場に残った宇宙飛行士の5人は、茄子田理事長から思いがけない激励の言葉をかけられる。
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第38話 11件目のメール
JAXAの星加とともに記者会見場に急ぐ道すがら、なかなか実感がわかない六太。会場に着いた六太は、一緒に合格した4人と久しぶりの再会を果たす。
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第37話 公園におっさん2人
最近、思いがけない幸運が続いていたため、かえって不合格だったのではないかと不安に駆られる六太。一方、JAXAから結果を知らされた溝口は...。
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第36話 踊る宇宙飛行士
ケンジに続いて、連絡を受けたのはせりか。結果を聞いた彼女は、父・凜平の墓へと足を向ける。せりかが宇宙を目指すことになったきっかけとは...。
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第35話 だだっ広い施設のほんの一角から
ついにやってきた結果発表の日。緊張の面持ちで連絡を待つ六太。一方その頃、JAXAからの電話に出たケンジは、これまでの自分の人生を振り返っていた。
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第34話 月夜の晩にパグとハグ
月面での体験を楽しむ日々人の視界がとらえた光る物体。用意された月面車ビートルに乗り込み、与圧服を脱ぐことになるクルーたちだが、不安を隠せない。
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第33話 月のウサギ
ヒューストンの六太はもちろん、多くの日本人が見守るなか、刻一刻と迫る運命の瞬間。一方、日々人のもとには六太からのビデオメッセージが届けられる。
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第32話 入ってはいけない場所
打ち上げ成功を祝う席上で、受験者たちに合格発表のスケジュールが告げられる。六太は日々人の月面着陸の瞬間を見守るため、ヒューストンに残ることに。
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第31話 ロケットロード
日々人を乗せたマルスワンは、ついに月に向かって出発。一直線に伸びていくロケットロードを眺めた六太は、その帰り道、子供時代の出来事を思い出す。
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第30話 犬とじじいとアレクサンダー
天候はすぐれないが、打ち上げの準備を進める日々人たち。一方その頃、姿を消した日々人の愛犬アポを捜して、六太はあちこち走り回るのだが...。
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第29話 打ち上げ前夜
必要な物資を運ぶ宇宙船アルテミスが、一足先に軌道上へ。いよいよ日々人たちも打ち上げが目前に迫るが、弟を見送る六太の胸の内はなかなか複雑な様子。
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第28話 ドーハのきせき
六太から託されたDVD-Rを手にしながら、兄と過ごした日々を思い出す日々人。その頃、日々人の月面着陸をめぐって、日本のマスコミもヒートアップする。
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第27話 一つの質問
先輩飛行士の紫のアドバイスも意に介さず、六太は吾妻に思い切って声をかけることに。そんな六太に対し、吾妻は思いがけない質問を投げかける。
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第26話 痛みを伴う面接
日本人で初めて月面に降り立つことになった日々人は、打ち上げまで、あと7日。一方その頃、最終面接へと向かった六太の身体が、ある異変に襲われる。
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第25話 マッハの弟 筋トレ兄
先輩の日本人宇宙飛行士である吾妻との出会いを思い出す日々人。一方、その吾妻が自分の最終面接の審査員だと知って、六太は不安が隠せない様子。
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第24話 最悪の審査員
他の候補者よりも一足先に、六太はヒューストンへ。日々人が月面基地の講習を受けている頃、六太はオジーの紹介で芝刈りのバイトに出かけるが...。
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第23話 親父と息子とムッタクロース
ヒューストン行きの最後の1枠に滑り込み、家族から祝福を受ける六太。だが父親からキツいひと言も浴びた六太は、サンタクロースのバイトをすることに。
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第22話 夢の途中
ヒューストン行きを決めた新田とせりかを祝うべく、居酒屋に集まるA班のメンバー。六太が新たな職探しを始めた頃、JAXAではある会議が開かれていた。
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第21話 久しぶりの空
ジャンケンで、宇宙飛行士にふさわしい2人のメンバーを選び出した六太たち。ついに閉鎖ボックスが解放され、外に出た一同は久々に太陽の光を浴びる。
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第20話 一番酷い仕打ち
ついに最終日。5人の中から宇宙飛行士にふさわしい2人を選ぶことになるものの、選出方法に悩む六太。そんなとき、彼はシャロンの言葉を思い出す。
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第19話 さらばの前の日
閉鎖ボックスでの生活も残り2日。ケンジがきっかけを作ったことで、いい雰囲気になり始めるB班。一方のA班では六太が他のメンバーに集合をかける。
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第18話 かぺ!けんじ!
グリーンカード によって引き起こされるトラブルにより、ケンジたちB班のストレスはピークに。一方、六太もついにグリーンカードを受け取るが...。
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第17話 犯人はこの中にいる
10日目の夜。B班と同様、真夜中のアラーム音にたたき起こされるA班。班員たちは音の出所を調べるが、そこで六太は古谷の様子がおかしいことに気づく。
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第16話 アラームアリ時計ナシ
壊された時計をめぐって、どこか険悪なムードが漂い始めるA班。なぜ時計を壊したのか、六太は思い切って犯人である福田を問い詰めるのだが...。
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第15話 宇宙の話をしよう
古谷からの依頼で、新しいメガネが福田のもとに届けられる。一方、ケンジのいるB班では、真夜中にもかかわらずアラーム音が鳴るという事件が発生する。
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第14話 壊れたメガネと足の裏
閉鎖ボックスでの生活も5日目に突入。にぎやかな雰囲気のA班だが、そんな中、古谷が誤って福田のメガネを割ってしまうというアクシデントが起きる。
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第13話 3次元アリ
閉鎖ボックスに入る際、職員から言い渡されたルールについて、思いを巡らす新田。六太たちA班のメンバーも、次々と出される課題に挑戦することに。
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第12話 わたしの名前は伊東せりかです
現在の時刻を尋ねる課題に対し、1人だけ違う回答を出す六太。自信満々の様子で答える六太だが、それもそのはず、彼しか知らない数字が存在していた。
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第11話 閉じ込められたライバル達
受験者たちは、外の様子がまったく見えない広大な空間へと到着。さらにJAXAの職員の案内でたどり着いた部屋で、六太たちはある選択を迫られる。
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第10話 バスバス走る
三次試験に発つ朝。宇宙へのあこがれだけで挑んでいいのかと迷う六太は、シャロンのもとを訪れる。六太を見送るシャロンは彼と出会った日のことを思う。
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第9話 それぞれの覚悟
三次審査を受けるため、日本に戻る飛行機の中で、六太は悪夢にうなされる。日々人が自分や両親に宛てた遺書を見つけ、六太はショックを受けていた。
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第8話 白煙天国
強盗犯を倒し、市民を救ったヒーローとして、六太はテレビ出演することに。目撃者が語る武勇伝に沸く観客をよそに、六太はひとり、冷や汗をかいていた。
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第7話 拝啓日々人
六太がゴミ情報を片っ端から集める姿を見て、何かイヤなことがあったのではと察する日々人。そんな中、六太はニュースで見かけた強盗事件に興味を抱く。
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第6話 頭にまつわるエトセトラ
日々人の招きでジョンソン宇宙センターを訪れ、すっかり興奮気味の六太。その頃、JAXAの宇宙飛行士選考会では、六太の資質が問題視されていた。
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第5話 足りない日々
六太はNASAの家族支援プログラムを使い、日々人のいるヒューストンへ。日々人の愛犬APO(アポ)に出迎えられ、久々に顔を会わせる兄と弟だが...。
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第4話 日々人の隣
気合を入れて臨んだ最終面接で、なかなかの手応えを得た六太。面接を終えて部屋を出た六太の目に、歴代の日本人宇宙飛行士の写真が飛び込んでくる。
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第3話 有利な男と走る女医
二次審査で周りの受験者たちの努力を目の当たりにし、プレッシャーを感じる六太。なんとか結果を残さねばと考えていたところ、肺活量の測定が始まる。
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第2話 俺の金ピカ
書類選考は通過したものの、続く一次審査を受けるべきか、思い悩む六太。自分に自信が持てない彼は、天文台で働いているシャロンのもとを訪れる。
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第1話 弟ヒビトと兄ムッタ
子供の頃、UFOを目撃した南波六太と弟の日々人。19年後、宇宙飛行士になった日々人に対し、六太は勤め先をクビになり、すっかり落ち込んでいた。